テラフォーミング
「本当にろくでもないな。神々は失敗するべくして失敗したという気がするよ」
【
凄惨な光景が広がっていた。
グ=ラスが見ている画像に映し出されているのは、爆発。遠方から撮影されたものであろう。地平線の彼方で閃光と共に衝撃波が膨れ上がり、そしてたちまちのうちに拡大していく様子がはっきりと分かった。途方もない威力であろう。
それを、書架の隅。図書館にも似た空間の一角で、若者はじっと見つめていた。
「遺伝子戦争以前から、こんなことをやっていたのか」
「そのようです。超新星爆発以前の記録はほとんど残っておりませんが」
グ=ラスの問いかけに答えたのは、チョコレート色の肌を持つ眷属。アールマティだった。彼女はかなりの時間、グ=ラスの世話役として働いている。監視にはちょうど良いのだろう。とはいえたかが士官ひとりに眷属を張り付けておくのが効率的とはとても思えなかったが。もっとも、彼女を伴っていればかなり自由な行動をすることが、グ=ラスには許されていた。この点は素直にありがたい。スミヤバザルとの再会は今も許されてはいなかったが。検閲された手紙のやり取りができるだけだ。
「これは災厄以前のバイオハザードの時の映像です。テラフォーミングされた随星上で漏れ出した、遺伝子操作された植物による浸食を防ぐために焼却が試みられました。これは封じ込めに失敗した最終段階。マイクロブラックホールを投下して広範囲を焼いたときのものです」
「さらっととんでもないことを言うな。惑星を改造して植物が生育できる環境をあつらえたのみならず、マイクロブラックホール兵器だって?」
「兵器ではありません。順番が逆です。惑星を居住可能とするためにはマイクロブラックホールが必要なのです。特に冷え切って、磁場を持たない天体では」
「ほう?」
「岩石惑星は多数の小天体の衝突によって形作られます。その時発した熱によって溶融し、形成されたマグマの海が天体の構造を決めるのです。この星の中心もいまだ、形成されたときの熱を持っています。マグマの対流が磁場を形成するのです。そして形成された磁場は太陽からのプラズマを防ぎ、大気が吹き散らされる過程を妨げます」
「温めるには無茶苦茶な量のエネルギーが必要になるな。それにマイクロブラックホールの威力は適任というわけだ」
「ええ。ここでもう一つ利点が発揮されます。あらゆる物質をマイクロブラックホールは貫通します。地中奥深くであっても。マイクロブラックホールが用いられるのはこのためです。天体の中心核だけを破壊し、溶かすことができるのです。非常に長期間にわたって多数、投入する必要がありますが、手順を守る限りは安全です」
「だが、どんなに凄いシステムだろうが自分たちの星の地表に落とすことになれば、態度は変わってきそうなもんだ」
「同感です。とは言え神々はやりました」
「そこでこの画像が出てくるわけか。既にあるテラフォーミング用のマイクロブラックホール投射機器を使ったんだな」
「はい」
グ=ラスは天を仰いだ。これほどの威力の兵器が元は、土木作業用でしかないとは。
とはいえ。
「それと同じことができる神格を、遺伝子戦争の時には投入してきたな」
「はい。何件か例があります。有名どころでは中国大陸を破壊した"元始天尊"ですね。あのあたりで地殻変動が頻発したのは地中深くに撃ち込まれたマイクロブラックホールの影響です。
私自身もこのカテゴリに含まれます」
「マイクロブラックホールを投射できるのか」
「はい」
「ようやく理解できた。戦況がひっ迫しているというのに君がここにいる理由だ。そりゃあ神々も、故郷でこんな破壊力を発揮させたくはないだろう」
「ご明察です」
グ=ラスはため息をつく。神々は、こういったテクノロジーを破壊目的に投入してばかりだ。本当にろくでもない。
「君に言うのもなんだが、神々は失敗するべくして失敗したような気がするよ」
「かもしれません。
お戻りですか?」
「ああ。頼む」
眷属は、言われたことを実行した。機械の冷徹さでもって。
グ=ラスは、眷属に伴われて速やかにあてがわれた部屋へと戻された。
―――西暦二〇五八年一月。中国大陸が破壊し尽くされて四〇年ほど経った日の出来事。
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