始めないと終わらない
「さあ。行こう。せめて人類に対し、威厳を保たねば」
【
途轍もなく巨大な機械だった。
こちらと同じ高度に浮遊しているのはビルディングほどもある白銀の巨体。機械やパーツが噛み合わさって構築された精緻な構造体は、実のところたった一種類の複雑な化合物から成り立つ均一な物体である。
巨神だった。
全体としてはいびつな人型のそいつは腕が長く、四肢が巨大で、胸郭が前に張り出し、背中には八基の円筒形の物体を四基ずつ左右に分割して背負い、そしてやや小ぶりな頭部はどことなくゴリラに、似ていた。
更に、真上に向けて保持している長大な機械はガン・ランチャー。……の外見を模した投射兵器である。原理的には神格が用いる弓と同じで、弾丸に流し込む膨大な熱量を一時的にプールする機構だ。これを装備しているのは後期型の個体である、ということまでを管理官アビ・エルは知っていた。どころかあれを食らってミンチのように千切れ飛ぶ眷属を見た事すらある。誘導性能を備える無数の小弾丸が、電磁流体制御を行いながら音速の百二十倍で飛来するのだ。巨神ですら容易く切断される。まるで機関銃を浴びた人体のように。人類が
そいつが見える範囲だけで十以上、高空で静止している。その横を、アビ・エルの乗る航空機はゆっくりと通り過ぎていった。
「―――生きた心地がしませんな」
「同感だ。奴がその気になった瞬間、我々は痕跡すら残さず消し飛ばされるだろうな」
「実際、私の左腕はあいつのお仲間に消し飛ばされましたよ。退避壕に飛び込むのが後一秒遅かったら全身が消えているところでした」
義手に鳥相の部下へと頷くアビ・エル。
この航空機に乗っているのは彼らを含め、神々だけだ。眷属はいない。それどころか人体に記憶移植した神も乗ってはいなかった。人類に対する心理的影響を考慮してのことだ。
彼らの役目は、交渉であったから。
二柱は窓から外を見下ろした。
うっすらと広がる雲の下。雄大な山々に囲まれた高原に広がる、超近代的な都市が視界に入ってくる。
カルカラ市。神々の多くが宇宙や空中都市に移住した現在でも大きな勢力を持つ、由緒ある地上都市のひとつである。
だが、その支配者はもはや神々ではない。
人類だった。
ここは、人類に奪われた土地だった。包囲され、守備部隊は選択を迫られたのである。降伏か、死か。最終的に市街戦が行われることはなく、カルカラ市は開城したのだ。逃げ遅れた百万もの神々の生命の保証と引き換えに。
地上を見下ろせば、各所に人類の兵器や軍勢の姿。相当数の兵員を送り込んできたようだ。都市機能は今のところ無傷にも見えた。
「降下します」
パイロットが告げると、機体は空港目掛けて高度を落としていく。
目を凝らせば、その様子はより鮮明に見えてきた。滑走路に整列している多数の巨神。整然と隊列を組む兵士たち。あちらの集団は音楽隊であろうか。
地上よりの管制を受けた航空機はスムーズに着陸する。窓から人類製神格たちの威容が嫌でも目に入った。
「見たまえ。巨神の肩口に国籍と、あれは国際連合のマークか。人類が一丸となってこの戦争に臨んでいるというメッセージだろうな」
「こいつらのデザインは、連中なりの美意識の表れなんでしょう。我々を威圧するための」
「ありえるな。その試みは今のところ成功している」
アビ・エルと部下が言葉を交わす間にも、機体のエンジン音が低下。
やがて停止し、安全チェックを終えたパイロットが許可を出した。ハッチが開き、地上へ降りる準備が整う。
「さあ。行こう。せめて人類に対し、威厳を保たねば」
「はっ」
二柱は、人類の待ち受ける滑走路へと降りて行った。
◇
奇跡のような光景だった。
ファインダーの向こうにあるのは、鳥相の神と握手を交わす人間の姿。夢ではない。これは現実に、この世界で起きていることなのだ。
国連軍の上級指揮官と、神々の管理官が握手を交わしているなど。
ここでシャッターを切っているのは希美だけではない。滑走路上では人類の戦場カメラマンやジャーナリストたちのほかに、厳重なチェックを受けた上で神々もこの場に立ち、撮影に参加している。
遺伝子戦争以降初めて、人類と神々は交渉の席につこうとしているのだ。都市ひとつの扱いに関するものにすぎなくても、その歴史的意義は極めて大きい。
もちろんこれですべてが解決するようなことはない。これからも多くの血が流れるだろう。たくさんの人々が苦しむだろう。それは何年も、ひょっとしたら何十年、何百年と続くかもしれない。
それでも。始めなければ、終わらないのだ。
どこかぎこちなく言葉を交わす両者の写真を、希美は撮り続けた。
―――西暦二〇五三年五月。人類と神々が史上初めて正式に交渉を持った日の出来事。
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