強さの意味は

「強くなろう。いずれ追い越されると分かっている強さであっても、そこにはきっと意味がある」


【ルーマニア トランシルヴァニア地方シビウ県 要塞聖堂近辺の原野】


子どもたちが、転げ回っていた。

原野で遊んでいるのは蝙蝠の特徴を備えた知性強化動物たちとそして、地元の人間の子どもたち。春を迎えたバルカン半島の気候はしかし、未だに肌寒い。そんな中を彼らは元気にはしゃいでいた。ボールを巡って走り回っている。

そんな様子をレジャーシートに座って眺めているのはアスタロトイレアナである。

彼女は自らの下腹部を撫で、そして語りかけた。

「ふふふ。あそこに混じりたい?」

―――私に肉体があったら、そうしたい。

脳内無線機経由で返答を返してきたのは、下腹部に組み込まれた補助脳。これでも元は自分の肉体を備えた一人の人間だった。個体名イシュタル。本名はわからない。

―――でもいいの。こうやってのんびりしてるのも、好き。

「そう」

ふと足元を見ると、そこにいたのは漆黒の蛇。小さな小さな、その彫刻である。液体のようにもセラミックのようにも見える透き通った不可思議な素材でできていた。この大きさでも巨神である。

チロリ、と舌を出し入れする蛇を操っているのはこれまたイシュタルだ。

蛇はアスタロトの体を這って肩口まで登った。そこから前方の子供たちに視線を向ける。

―――神格の戦闘力を向上させるために、神々は私たちの脳と体を切り刻んだ。対する地球人は、根本的に神格に最適化させた生命体を一から作り上げることを選んだ。脳の性能では私はあの子たちに全く及ばない。体を奪われ、記憶を消され、自分ひとりでは生きる事すらできないのに。

「あの子たちに私たちが勝っている部分なんて、経験だけだものね……十年は追い越されないかもしれない。けれど二十年。三十年先にはどうだろう。あの子たちの後継機になればその期間はもっと短い。私たちが求めた強さなんて、何の意味もなかった」

アスタロトはかつての自分を思い出した。神々によって自由を奪われた三十五年間、唯一自らの手でつかむことができたもの。それは強さだった。ひたむきにそれだけを追求した。神格二十四柱に匹敵するとさえ言われるほどに強くなった。

だが、テクノロジーはそれを容易く乗り越えるのだ。この数か月、各地で手合わせしてきた人類製神格はいずれも猛者揃いだった。実力もそうだが、それ以上に性能が凄まじい。経験豊富なアスタロトは今はまだ、互角以上に渡り合うことができる。だが彼らも経験を積み、強くなる。さらに、数年後には新世代型も出現すると言われている。イタリアの"幻獣キメラ"、日米が共同開発中という"蠅の王ベルゼブブ"と"八咫烏"、台湾が主導している"黄龍"、開戦で開発が前倒しになった、バルカン諸国の"ヘカトンケイル"……

いずれ、全く歯が立たなくなる日が来るだろう。

―――けれど、それは今日じゃない。私たちはまだ役に立てる。

「そうだね。あの子たちを鍛え上げる。生き残れるように。あの子たちの次の子供も。その次も。私たちの力が及ぶ限り。

そのためにも、もっと強くなろう。いずれ追い越されると分かっている強さであっても、そこには意味がある」

その時だった。蹴飛ばされたボールが飛んできたのは。

片手でそれを掴み取る。子供たちは元気だ。知性強化動物も人間も。種としての性能の別などそこにはないに等しい。

立ち上がると、ボールを放ってやる。礼を言って走っていく子供たち。

その様子を見たアスタロトは自分の悩みがちっぽけなものに思えて、笑った。

吹っ切れた笑顔だった。

蛇はそんな宿主の姿を、やさしそうに見ていた。




―――西暦二〇五三年。人類製第五世代型神格が実戦投入される十四年前、人間を素体とした神格がまだ人類製神格に対抗する余地のあったころの出来事。

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