首を絞める自然破壊
「神々がなぜ、圧倒的なリードを失ってしまったのか。それは彼らの優位性が先にスタートを切ったという、その一点にしかなかったからだ」
【
「どんなに科学が進歩しても、自然の猛威には勝てないんだなあ」
ドロミテは、がたがたと震える天井を見ながら呟いた。
昼飯時のことである。
椅子代わりに敷いてあるマットの上に腰かけ、ひっくり返した木箱をテーブル代わりにとっている食事はパスタをメインとした料理。調理専従の兵が作った逸品である。それをむしゃむしゃと平らげているこの場所は国連軍の仮設陣地であった。地面を掘り下げて天井を付けた構造の兵舎である。大陸南端部は風が強い秒速二〇メートルと台風に匹敵する水準だ。地上に建物を設置するよりこちらの方が安価かつ効果的なのだった。
「まあ気象制御に余力があればもう少しマシなんだろうけどな。元々気象制御型神格の配備は再来年からの予定だったし」
「前倒しで今年ロールアウトするらしいけど」
「どうせ訓練期間明けるまでは無理だろう。それまでは機械だけで気象制御をやるしかない」
ドロミテのおしゃべりに付き合っているのはジョージである。去年から組んでいるこのブラックドッグは、二本の尻尾で器用にフォークを操りパスタをむしゃむしゃ。がっついている。当人曰くイギリスよりイタリア軍の方が飯はうまいらしい。
「神々も新型を繰り出してくるかなあ」
「無理じゃないか。知性強化動物を作らない限り。人間の脳の処理能力じゃあ既存のバリエーション以上のものは作れないよ」
「その知性強化動物を投入してきたらどうしよう。っていう話だよ。人類のテクノロジーは神々由来なんだぞ。奴らだって同じことはできるだろう」
「連中に九尾級から作る余力があると思うか?あれ当時の貨幣価値で300億ドルもかかってるんだぞ」
「人類は捻出したよ。戦後復興で余裕のない時期に」
食事を勧めながらも雑談は続く。
「どこでこんな差がついたのやら」
「まあ地理的要因じゃあないかな。ふたつの世界は遺伝子戦争後、分かたれていた。人類は次の戦争のことを考えていたが、神々は違う。いかに世界を復興するかだけを考えてた。そっちに総力を注いでいた。技術の交流が最後に行われたのは遺伝子戦争の時だよ。神々から人類へ、一方的なものだったとしても」
「考えてみれば、戦後の環境回復にかかった資源は人類の方がまだ、少なったのかもなあ。幾ら被害が大きかったと言っても、生態系を丸ごと移植するほどのことはしてないわけだ」
「ま、文明という尺度で見れば今開いている差なんて誤差だろうな。けれどこの戦争中にその差を埋められるかは別問題だ」
「まるで肥沃な三日月地帯みたいだな。肥沃な三日月地帯は栽培に優位な植生があったおかげで最初の農耕が始まったが、集約的な農業のせいで土地が破壊されてた。最終的にはヨーロッパの文明に追い抜かされた。回復しやすい植生の土地にね。神々の場合もおんなじだ。彼らは時間的には人類よりずっと有利だった。けれど災厄はその優位性を失わせた。環境が吹っ飛んで、子供も生まれなくなって。現状維持で精一杯になった。けれどその文明が生み出したものを丸ごと受け継いだ人類は、先に進むことができた」
「こうしてみると、破壊された環境が回復する力の強弱はそのまま文明の強さを左右するんだな。今の時代でも」
「まさに"科学がどんなに進歩しても自然の猛威には勝てない"んだな」
やがてパスタを食べ終わる両名。デザートのゼリーのふたを器用に開き、中身をむしゃむしゃ。
空になった食品トレーを片付け、部屋の片隅で転がる両名。夜勤明けである。休める時に休まねばならなかった。
「ナポリの公園が懐かしい。太陽で芝生があったまってて、よく眠れるんだ」
「そいつはよさそうだなあ。ま。この戦争が終わればいくらでも眠れるさ」
「そうだなあ」
「じゃあおやすみ」
「おやすみ、ドロミテ」
やがてふたりの知性強化動物は、穏やかな寝息を立て始めた。
―――西暦二〇五三年。樹海大戦がはじまってから十カ月、樹海大戦が終わる十四年前の出来事。
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