新たなる神王
「覚えておくがよい。
【
深き森であった。
緑豊かなそこは樹木が極相まで達し、日光を独占している。それ故か地面の植物はまばらで、歩きやすかった。
時折昆虫や小さな爬虫類と言ったものが見られる空間はまるで地球のようにもみえただろう。だが実際には異なる。
神々の地に移植された、地球の生態系であった。
「厄介なことになった。この一年。人類側神格どもを追跡してきたが、とうとうこのような事態を許してしまった」
「叔父上の責任ではありませぬ」
若者は、叔父を。神王の一柱たる偉大な大神の横顔を見た。
相手は現実にこの場所にいるわけではない。本拠地より送り込んで来た映像と音声が、若者の五感に直接与えられているのだ。まるでこの場所に叔父が実在しているかのように。
すでに七百年を超える歳月を生きてきたこの大神は、巨大な力を持つ。それこそ種族の運命を左右するほどの。
「いいや。私の責任だ。そのためにこそ、王はいるのだから」
「……」
「人類軍。国連軍と名乗っているが、あ奴らは精強だ。揺るぎ無い意思。まるでこの日のために準備してきたかのように統率が取れている。
そして、科学技術の面でも。特に神格は我々のものと遜色のない水準に達した。種類も絶対数も多い。わずか三十五年間で、よくぞあれ程の軍勢を作り上げたものだ」
「我々は勝てるでしょうか」
「分からぬ。しかしもはや、相手の絶滅を目指せば結果は共倒れよ。あ奴らの宣伝放送を解析した限りではこの世界に囚われた人類の救助が目的のようだが、それだけではあるまい。先の戦争では我々は人類の七割を殺し、文明を滅亡寸前まで追い込んだ。その恨み、並々ならぬものがあろう。我らへの敵対心は想像を絶する。ましてや種の存亡がかかった敵。とみなしているはずだ。こちらの世界に根拠地を得、我らを脅かす能力を得た以上それを行使し続けるであろう。自身の安全保障のためにも。
我らとしてはできることは少ない。差し当たっては門を閉じるより他はないが、時間を与えれば与えるほど人類は門についての理解を深めるだろう。この世界の座標を手に入れれられれば、もはや門を閉じても手遅れとなる。いや。すでにそうなっている可能性は十分にある。門を開いた者たちは用意周到だった。その程度のこと、分からぬはずもない。恐らく、二回目の攻撃。
「ならば門を閉じる意味とは」
「差し当たっては時間稼ぎだ。この三十年あまり、人類が門に関する知識を持っていなかったとするならば。門に関する知見を得たとして、新造するには相応の時間はかかろう。その隙に我々は体制を立て直すことができる」
「現在の攻勢が実を結んだとしても時間稼ぎでしかないとは……」
「覚えておくがよい。
「はい」
若者とその叔父。鳥相を備えた二柱の貴神は森の小路を行く。
やがて、それも途切れる時が来た。
絶景であった。
陽光を反射する湖沼地帯である。広大な湿地には緑の草が生い茂り、水深のある場所では時折魚が跳ね、飛来した水鳥がそれを餌食としてもいる。
この異世界の地にも、地球の生命は根付いたのだ。
「見事だ」
「はい。三十年をかけ、ようやくここまで来ました」
「よくぞここまで育て上げた。褒めて遣わす。されど、そなたをここで遊ばせておくわけにはいかなくなった」
「心得ております」
「うむ。このような事態にならなければ、あと百年は静養を続けさせてやれたものを」
叔父は、若者を見た。遺伝子戦争で深い傷を心身に負った、自らの後継者を。
彼は、高らかに命じた。神王ソ・トトの名でもって、王太子クタ・ウルナへと。
「クタ・ウルナよ。そなたに与えた環境回復事業の任を解く。皇嗣としての役目に復帰し、わたしを補佐せよ」
「はっ!」
―――西暦二〇五二年四月。神王ソ・トトが都市破壊型神格のプロトタイプとしてヘルを建造してから七十四年、ソ・トトが都築燈火に討たれる一カ月前の出来事。
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