大きな端
「こんにちは。初めまして。―――よく似てる。燈火さんが歳を自然に重ねたら、あなたみたいになるんでしょうね」
【チリ領
異国だった。
帽子を被り、スーツにスーツケースと言う出で立ちの刀祢は周囲を見回す。島の規模に見合わぬ長大な滑走路は三千三百メートルを超える。運航便がすべて遠距離であることや、かつてスペースシャトルの緊急着陸場所のひとつとして想定されていたことがこの長さの理由だと聞いた。
刀祢は、背後を振り返った。
乗ってきたのは旅客機ではない。国連軍の軍用機である。刀祢のために席が確保されたのだ。
門を開いたと目される男の、兄のために。
島の象徴ともいえるモアイに迎えられながら、刀祢は目的地へと向かった。検査を受け、空港の外へ出て、そして国連軍の手配した案内役とあいさつを交わす。
車に揺られながら、刀祢は外を見ていた。
イースター島は巨石文明とチリ海軍の島である。モアイと呼ばれる巨大な人面石造彫刻は島の海に面した高台に、多くの場合集落を見守るよう設置されている。過去の偉大な首長を象っているとも。
そんな島内はにぎわっていた。観光客によってではない。門に最も近い軍事基地がある島として。ここは中継地点なのだ。刀祢も上空から見たが、島の沖に設けられた巨大な"σ"型の人工港湾の中には軍艦が多数接岸し、そこから島へとのびたアーチ型の橋はひっきりなしに人や車両が行きかっている。
やがて刀祢の乗る車も橋へと差し掛かり、渡り切り、そして港湾の一角に設けられた施設。病院らしきそこへたどり着くと、係の者に案内されて中へと入った。
そして、階を昇り通路を抜けた先の部屋で。
銀の女神が、待っていた。
美しい女性だった。
部屋の窓から外を伺っていたその人物は、刀祢に振り向くと微笑みを浮かべる。
「こんにちは。初めまして。―――よく似てる。燈火さんが歳を自然に重ねたら、あなたみたいになるんでしょうね」
しばし茫然としていた刀祢は、やがて気を取り直すと会釈。自らの名を名乗った。
「刀祢です。都築刀祢。
―――燈火を?」
「ええ。私はこの一年ほど、彼と行動を共にしていました。三十五年ほど前にも。あわせて三年くらいかな」
彼女こそ。この、第二十四番目の人類側神格"ヘル"こそ、刀祢が何千キロもかけて旅してきた理由だった。
燈火の仲間。今のところ生存が確認された唯一の、門を開いたひとびとのひとり。
プラチナブロンドの女神は、刀祢に燈火のことを語った。子供の頃の話も、今現在の話も。刀祢は相槌を打ちながら、女神の言葉に耳を傾けた。
―――昔からあいつは変わらないな。
刀祢は心底そう思った。
やがて面会時間が終わると、刀祢は女神の付き添いの人物に促されて、廊下に出た。
「お疲れ様。刀祢くん」
そういったのは、女神の付き添いであるはるな。
「びっくりした。はるなが一緒に部屋で待ってた時は」
「あの人の世話役なの。まだしばらく戦えないし」
「その怪我。どうしたの」
「ちょっとだけしくじっちゃって。戦闘があってね。最初に門を抜けた部隊を指揮してたから」
「初耳だ」
「心配をかけたくなくて。あの人と知り合ったのも、隣のベッドで治療を受けてたのが縁。
不思議だよね。都築博士に作られた私が、燈火さんと一緒にいたひとのお世話をしてるって」
「本当に、そうだね」
刀祢は頷いた。
「じゃあ、またね」
「ああ。また」
ふたりは言葉を交わし、そして別れた。はるなは女神の世話役と言う任務に戻り、そして刀祢は島のホテルへと。明日には島を立つ。日常を続けなければならなかった。
―――西暦二〇五二年四月四日。冥府の女王と刀祢が初めて言葉を交わした日。都築燈火が行方不明となって三十六年目の出来事。
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