女神たちの邂逅

「私は日本統合自衛隊、神格部隊所属、"九尾"級"はるな"。知性強化動物、はるな」


【二〇五二年三月三日 グリニッジ標準時二十一時十三分/

樹海の惑星側現地時間三月四日十七時 門 地球側 神格支援艦"かが"】


それは、死体に見えた。

真っ青な唇。プラチナブロンドの長い髪。閉じられた瞼は二重。顔の造形は美しく、麗人と言って差し支えない。首より下、右肩から指先までのラインも奇跡と言っていいバランスの産物と言えたが、顔色同様にそれは青ざめ、生気がない。そして、それ以外の部分。左肩から右脇にかけてより下が、無い。断面から覗いているのは心臓だろう。どう見ても生きているようには見えなかった。

事実、そうだった。彼女の身体は生命活動を休止し、その保存を最優先としていたからである。神格による停滞モード。仮死状態だった。

とはいえこのままならどうあっても助からない。自力での再生は望めないほどのダメージを受けていたから。

故に。

そこは、高度な医療機器の揃った室内だった。

神格支援艦の内部空間であるそこでは、瀕死の神格への救命措置が行われていたのだった。ストレッチャーから医師と看護師がタイミングを合わせ、大型の円筒形のポッドへと移し替える。

閉鎖が確認されると、その内部はたちまちのうちに溶液に満たされ、神格の肉体は浮かんでいる状態となる。安定した環境に置き、神格による自己再生を促すための設備だった。高度な医療機器でもある神格を組み込まれた肉体は、その回復を助けるのが最も効果的な治療法なのだ。

死の淵にある麗人の肉体。それが蘇るかどうかは分からない。これぞ天に運を任せるほかない。

だが、人間たちは知らなかったことがある。この麗人が、三十五年の死より甦った冥府の女王だということを。死は彼女にとって親しい友であり、ほんのひと眠りに過ぎないという事実を。

今はまだ。


  ◇


「あー。暇だ……」

目が覚めた。

愚痴るのはベッドで休養中のはるなである。重傷だが後送するほどではない、と言う絶妙な負傷具合のはるなは治療の毎日だ。しかもここは最も近い陸から二千キロメートル以上離れているときた。神格の回復力ならば手足が千切れた程度大して問題ではないのだが、そもそもここまで重傷を負ったことのある人類製神格は数少ない上に九尾は旧式である。大事を取って検査をされまくっている毎日だった。更に言えば尻尾と片腕、片目がないと歩くときのバランスもとりにくい。そんな状態では戦闘はもちろんできないし、事務仕事なら人間で済む。何よりそんな怪我人を働かせていたら士気にかかわる。完治するまで安静に、がはるなの仕事だった。毎日のように増援や補給がやってくるのは聞くが、これからどうなることやら。

上体を起こす。

隣で眠っているのは、プラチナブロンドが美しい白人女性。目が覚めれば相当にキツい性格をしているのだろうな。と思わせる怜悧な美貌である。上背もかなり。威圧感はきっと抜群だろう。

今朝、ベッドに移されたばかりの怪我人だった。お仲間だ。

門を開いた人類側神格のひとり。と目されている人物だった。何でも血液検査で同定されたとかなんとか。となれば恐らく、はるなが戦った二十近い眷属群と最初に戦ったのはこの女性なのだろう。

耳に入った範囲では、眷属群は最初四十五柱だったのに対して門を守る人類側神格は数名。控えめに言っても絶望的な戦力差だが、それでもはるなが戦った時点で眷属は半数以下に減少していた計算になる。恐るべき強さだった。それほどの強さがなければ神々の世界では生き延びられなかったのかもしれないが。

何を想い、あちらの世界で生きて来たのだろうか。

今はまだ分からなかったが、しかしそれを知る機会は近いことをはるなは知った。

眼前の女性が、身じろぎし始めたから。

目覚めつつあるのだ。

はるなは起き上がると、女性の目覚めを待った。


  ◇


【二〇五二年三月七日 グリニッジ標準時十四時二十分/

樹海の惑星側現地時間三月八日十時 門 地球側 神格支援艦"かが"】


冥府の女王が目覚めたとき、そこは彼女が知らない世界になっていた。

まず目についたのは天井。

パイプが通り鈍色の、金属でできたもののように見えた。

体にかけられいるのは柔らかい布団。後頭部のふわりとした触感は気持ちいい。

視線をぐるりと右にやるとそちらは白いカーテン。

ついで足元を見ると、金属パイプのベッドに己が横たえられている事がわかった。

そして、左に視線をやると―――

随分と心配そうにこちらを見る、ヒトではないものの姿があった。

「あ―――目が覚めたんですね」

英語での呼びかけ。

異形だった。

柴犬に似ている。けれど、遥かに利発そうで、そして二本の脚で立ち、右の手には太い親指と四本のそうでない指とがあった。尻尾はふさふさだ。

だが、その全身には幾つもの治療痕があった。頭には包帯を巻き、目には眼帯を当て、尻尾は不自然な長さにギブスのようなものをはめていた。左腕はなかばからなく、袖が垂れている。

身に着けているのは軍服。かつての肉体の記憶が、自衛官の制服に似ていると訴えていた。

彼女―――直観的にそう理解した―――は、こちらへにっこりとほほ笑むと。

「どこか痛いところはありますか?」

痛いところ……ない。快調そのもの。ただ、頭の中で混ざり合った幾人もの記憶がグチャグチャになっていて、思考がうまくまとまらない。

だから、現在の主人格であるところの"ヘル"が、代表して答えた。

「平気です。……ここは?」

回答は、衝撃的だった。

「地球です」

跳ね起きた。

周囲を見回す。隅には棚。並んでいる幾つかのベッド。腕には点滴。

清潔な部屋だった。ハイテクを駆使して建造された病室―――いや、医務室だろうか?

「ここは神格支援艦"かが"―――先の戦争で生き残った数少ない護衛艦"かが"です」

そして、呆然とする冥府の女王の前で、異形の獣人は名乗った。

「私は日本統合自衛隊、神格部隊所属、"九尾"級"はるな"。知性強化動物、はるな。あなたと同じく神格です。どうぞよろしく、お願いしますね」




―――西暦二〇五二年三月八日。冥府の女王とはるなが邂逅した日、門が開いてから六日目の出来事。

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