南へ
「いやあ。暑かったり寒かったり。かなわんわ」
【太平洋上 神格支援艦かが】
「いやあ。オンボロになったねえこいつも」
ちょうかいは呟いた。
この知性強化動物がいるのはやたらと歴史を感じさせる軍艦もとい自衛艦の艦上。“かが”という名前がついている。現在の自衛隊は国内的な説明も軍事組織なので軍艦と呼んでもよいのだが、そのへんはこの艦の伝統らしい。憲法九条に地球外勢力に対する集団的自衛権および国際的使命について明記されたのはちょうかいの生まれる前の話だ。もっとも、この艦の由来はさらに古い。なんと遺伝子戦争中に工期を短縮して就航させられ、実戦投入された歴史的遺物である。その後も核融合動力のテストベッドとして大規模改装を受けたり、最新の医療機器を積み込まれて神格支援艦に類別変更を受けたりとなかなかの老兵ぶりだ。
「あ。やっぱりこんなとこにいた」
振り返ってみれば、そこにいたのははるな。ちょうかいと同様に神格部隊をひとつ率いる立場の彼女は、手すりにもたれかかると海を眺めた。
「いやあ。しかししんどいわこれ。クッソ暑い。最終的な目的地って南極でしょ南極。温度差で凍えて死ぬって」
「まあ仕方ないわ。実際、最後の戦場になったのは南極だったんだから」
二人の視線の先には何隻もの艦艇。いずれもかがより新しい。強力なエンジンと兵器で武装した、高性能な戦闘マシーンだ。
国連軍の大規模演習に参加するべく航行中の艦隊であった。最終的には艦艇百以上、神格五百名近い大戦力となる予定である。
そうなれば、遺伝子戦争最大の戦場となったイスタンブール門でも踏み潰せるだろう。
もっとも、そんな大戦力でも南極のような極地では難儀するに違いない。遺伝子戦争では実際、準備にかなり苦労したと聞く。わざわざそこを目指す意味もこの点にある。
「神々、なんで南極なんかに逃げ込んだのかね」
「最初の門が開いたの、あのへんじゃなかったっけ?」
「そりゃ知ってるけどねー」
本格侵攻以前の調査段階に入る前。神々はいくつかの門を実験的に開いたと言われている。世界間移動そのものの実証のため。次には、求める遺伝子資源が存在するかを調査するために。万一の際、神々の世界への影響を最小限とするためにあちらの世界では極地にそれらの門が開かれたのだと。
すべての門が閉じたあと、神々が最終的に陣を構えたのはかつての地球探査基地だった。
「あの辺も昔は温暖だったらしいけどね」
「知ってる。ブナが生えてたんだってね。でも何億年も前じゃん」
「長生きすればそのうちまたあったかくなるわ」
「全地球規模じゃん…」
「全地球凍結のほうが良かった?」
「勘弁して」
地球は永遠に同じ姿をしているわけではない。極地にも氷が全く無かった温暖な時期もあれば、逆に冷え切って赤道まで凍結した時代もある。活発化した火山から放出される二酸化炭素が毛布のように地球を温めた結果温暖化が起きたのである。それらは水に溶け込むことで弱酸性と化し、大地を侵食し、最終的には海に流れ込んで貝のような生き物たちの殻の材料となった。水底に沈んでいったこれらの生き物の亡骸、という形で、増えすぎた二酸化炭素が最終的には減少するサイクルがこれまで繰り返されてきたのだ。
そのバランスが取れた、稀有な時代に人類は生きている。
「なんだかんだ言ったって、今が一番過ごしやすいのは間違いないわ」
「確かにね」
ちょうかいは苦笑。
「ま、頑張りましょ。地球が冷え切ったときに慌てないようにね」
「へいへい」
―――西暦二〇五二年二月十三日。第一次門攻防戦の三週間あまり前の出来事。
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