あやふやな寝正月
「人間の心はあやふやなもの。ずっと続けていたからと言って、一度辞めたらもう一回続けられるかは分からない」
【埼玉県 都築家】
「こりゃ酷い雪だなあ」
相火は呟いた。
彼の言う通り外は大雪である。関東圏としては、と言う条件は付くが。テレビを見るにこれでもかなりマシらしい。先年開始された環太平洋地域での気象制御実験は、基本的に危険なものの軽減にとどまるという方針で運営されている。梅雨には雨が降るし夏には台風が来るのだ。ただし被害は軽減されるし、平均気温も徐々に前世紀レベルに低減させていくらしいが。
というわけで、本来よりはだいぶんマシなはずの雪だったが交通機関が麻痺するには十分な威力に見える。せっかくの正月だというのに初詣にも行けそうになかった。なので一家は寝床かコタツで元旦を迎えている。
「ま、たまには寝正月でいいんじゃないかな」
相火と同じくこたつに入ったはるなは苦笑。夕刻より延々と続いていた歌番組がようやく終わったところである。
ふわあ。とあくびをすると、相火は寝転がった。
「ねえ。はるなおばさん」
「なあに?」
「昔はテレビが衰退してた時期があった。って言ってたけどやっぱり戦争のせい?」
先ほどの番組でさらっと言及されていた内容である。相火が疑問を覚えたのも無理はない。
「うーん。元々テレビやラジオはネットに押されて人気が無くなってたみたいだからね……私が生まれた頃は逆転してたけど」
「なんで?」
「だってネット回線が壊滅的だったもの。人工衛星は長いこと使えなくなってたし、海底ケーブルも破壊されてた。昔ながらの電波塔。一方通行のテレビやラジオが一番強かったの。国内は急ピッチで回線が繋ぎ直されてたけどね。私が子供のころは埼玉にいたから、ネット環境はそこまでひどくはなかったけど地方は悲惨だったそうよ」
「なるほどなあ」
「なくなったネット文化もたくさんあるらしいんだけどね。ソーシャルゲームとか」
「何それ」
「運営会社がサーバーを設置して、そこで一括してゲームを動かす形式のコンピュータゲーム。昔論文で読んだことがあるんだけどね。人間の射幸心に訴えかけるモデルが流行ったんだけど、戦争でそんなことしている余裕がなくなって、戦後もとうとう廃れちゃったみたい。何しろサーバー上にしかデータがなかったから、調べようにも資料がほとんど残ってないらしいわ」
「そんなゲームあったんだなあ。でも、射幸心?」
「例えばギャンブラー錯誤を使ったり。ルーレットで5回連続赤だったら、次は赤と黒。どっちが出ると思う?」
「確率的にはおんなじじゃないの」
「そう。けど、「これだけ赤だったんだから次は黒に違いない」って思うのがギャンブラー錯誤」
「あー。感覚的にはなんかわかる」
「他にもコンコルド効果を使ったり」
「それまでに費やしたコストが無駄になるのが受け入れられない。ってやつ?」
「そうそう。今後いい結果が得られる見通しがなくてもコストの投入がやめられなくなる。この場合は課金かな。語源は前世紀の超音速旅客機開発が、ビジネスモデルとして危ぶまれてたのに中止できなかったことからだったと思う。
魅力的なキャラクターとかストーリーとか、そういうものの体験を確率的なものにして、そこに課金させるモデルみたいね。ものすごい維持費がかかるから相当あくどく稼がないと儲からなかったみたいだけど」
「それで廃れちゃったんだなあ」
「たぶんね。
さ。私はもう寝るね。相火くんもそこで寝てたら風邪ひくよ?」
「はーい。
お休みなさい。はるなおばさん」
「おやすみ」
はるなが出ていくのを見送ると、相火もむくりと起き上がった。更には隣で寝息を立てている妹を小突いて起こし、自らも部屋に戻った。
―――西暦二〇五〇年、元旦。遺伝子戦争開戦から三十四年目、第一次門攻防戦の二年前の出来事。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます