サンタクロースの侵入経路

「ねえお父さん。サンタさんってどうやってここに入ってくるの?」


【イギリス イングランドコッツウォルズ地方 捕虜収容所集会所】


集会所に、クリスマスツリーを飾り付けているときのことだった。

問われたドワ=ソグは考え込んだ。質問者は自分と同様鳥相を備えた息子。グ=ラスである。神々は地球の神を信仰してはいないが、この少年は例外である。イギリス当地の風俗習慣と土着の宗教は切っても切れない関係にあった。仮に宗教的概念を取り払えば、他者とのコミュニケーションは著しく不便なものとなるだろう。だから宗教的には息子は、実質的にキリスト教徒と言って差し支えはない。少なくともキリスト教圏の伝説上の聖人の存在を信じているのだから。

だから悩む。ドワ=ソグもサンタクロースが何なのかについては詳細に把握している。そもそもこの科学者は、地球研究については第一人者ともいえるほどの位置にいた。自然環境。生物学。人類学。そう言った様々な事物に関して。ふたつの種族の類似点と相違点を比較していくことで神々自身の文明の発達を解き明かす、拡張比較文明学を同僚たちと共に生み出したのもこの男だった。そんな彼でも、子供の素朴な質問に答えるのは難しい。こういう時、地球人の親たちはどうやって答えるのだろうか。

「どうだろうな。この施設の警備は厳重だから、普通は入れない。周りは鉄条網と柵で囲われているし、巡回のドローンやロボット、そして人間の警備員も見張っている。空から入ろうとすればすぐさま軍隊が飛んでくるだろう。

とはいえ毎年各国の軍が連携しても、サンタクロースの位置を確かめるので精一杯らしいが。戦前には毎年のように、米軍がサンタクロース追跡を実況していたそうだよ。だからサンタクロースにとっては、この収容所に入るのもお茶の子さいさいなのかもしれない」

「へえ。凄いんだなあ」

「一日で地球上の子供全てにプレゼントを配り終えているとなれば驚異的な能力だ。神格が一万柱いても同じことはできないだろう」

「早すぎて見えないのかな」

「かもしれない」

毎年クリスマスには、グ=ラスにもサンタからのプレゼントが届く。もちろん現実には差出人は異なるが、おそらくまだ、息子はその事実に気付いてはいない。

「故郷にもサンタは来るのかな」

「ふむ。私たちの故郷には来た事はないな」

「そうなんだ」

「サンタクロースは地球の聖人だからね。人間のための神なんだ」

「でも去年は僕の所にも来たよ」

「それはお前がいい子にしていたからだ。地球のルールをきちんと守ってね」

「ふうん。"神"の所にも来るんだね」

父は、息子の頭を撫でた。優しく。その、節くれだった手で。

「お父さんたちの所にも来る?」

「来ない。私たちはもう大人だからいらないのさ」

「僕も、大人になったらもうサンタさん来ないのかなあ」

「どうだろうな」

子供が成長するにつれ、サンタの役割を果たしていたのが何者だったのかを自然と知るという事実をドワ=ソグは知っていた。それが、大人の階段を上るということなのも。

息子はまだ多くの事を知らない。過去に何があったのか、言葉としての知識は少しずつ増やしつつあったが。それが現実に、自分の前に立ちはだかる問題として認識されるようになるまではまだしばらくかかるだろう。

そうなったとき。グ=ラスは、自らの種族の行いとどう向き合うのだろうか。非難するかもしれない。嫌悪するかもしれない。あきらめと共に受容するかもしれない。自分とは関係ないと考えるかもしれない。

分からない。ドワ=ソグには分からなかった。

ただ、息子がいかなる考えを持ったとしても尊重する覚悟だけはできている。自分の過去の選択についてこの神が恥じ入るような事はなかったが、それが人類の価値観に照らし合わせれば極めて邪悪なものであったという事実は知っていた。そして将来、息子が生きていくのは人類の世界なのだ。

「さ。ツリーを飾り付けてしまおう。サンタが見つけやすいように」

「うん」

テーブルより飾りを取る。ベル。星。電飾。ステッキ。ジンジャーブレッド。

そして、巨大な靴下。

サンタがプレゼントを入れていくためのそれを最後にぶら下げ、親子は集会所を出た。




―――西暦二〇四三年十二月。グ=ラスが誕生して八年目、第一次門攻防戦の九年前の出来事。

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