いい年をしたおじさん
「今回は一番乗りじゃなくて残念だったわね」
【イタリア共和国カンパニア州ナポリ ナポリ海軍基地官舎】
モニカの言葉にゴールドマンは苦笑した。
夕食後の居間でのことである。
テレビの前でしなびているのはペレ。先ほどまで医療棟で延々と検査を受けていたためだった。明日からはしばらく入院が待っている。高度なナノテクを用いた脳の治療が始まるのだ。
モニカが口にしたのは、流しっぱなしになったテレビのニュースの内容についてだった。
「確かに僕は第二世代型の先駆者の座を貰う、とは友人に約束したけどね。第三世代でまで先頭争いをする気はないよ」
「丸くなったわね。昔のおじさんからは絶対に出てこない言葉だわ」
「違いない」
笑い合うふたり。
テレビに映っているのはイギリスの軍病院にある新生児室の様子である。ただの新生児室ではない。莫大な予算と最新のテクノロジーを投入された、強力な兵器の故郷とでもいうべき空間だった。
そこで看護師たちに世話をされているのは複数の子供たち。どことなく猫にも似た頭部を備え、人間の赤ん坊のような骨格を備えた毛のない生き物である。
初の第三世代型知性強化動物、"チェシャ猫"の子供たちの様子が公開されているのだった。
「やっぱり人間に似てるのね」
「技術も進歩しているからな。現在開発が進んでいる第三世代は結局のところ、第二世代の順当な発展型だ。生理学的なリザバーコンピューティングを高性能化することでね。計算力を積み上げるための身体構造をより精密にした。量子スケール。DNAの分子コンピュータとしての機能。そう言った段階から高度な演算が可能だ。真空管がICチップにパワーアップしたようなもんだな。生命の自己組織化を利用して作ったスーパーコンピュータなんだよ、体全体が。体性感覚地図も高性能化した。自分の肉体と著しく異なる形態の拡張身体でも自在に操れるようになったわけだ。
これは、肉体の形状に囚われなくなったということだよ。
結論として、人間に近い形状に先祖返りしたんだ。人型とはいっても、第一世代よりずっと洗練されているけどね」
「もうドラゴーネたちを追いかけるのはこりごり?」
モニカの言に銀髪の科学者は苦笑。この人類側神格は出会った時のまま、十二歳の肉体を維持している。対するゴールドマンはもう壮年と言っていい年齢に差し掛かっていた。かつての体力はもうない。今でも知性強化動物の子供たち相手に走ったり、時折ベルッチ家の農作業を手伝いに出かけもするが。
「十年前ならいざ知らず、さすがに僕ももう歳だ。体がついて行かない。たぶん向こうの研究者たちも同じことを考えたんだろう。子供の時の運動能力は人間程度で十分だ。ってね。それで問題はない。肉体の運動能力そのものは落ちるが、これまでの運用で第二世代は過剰だったのがわかっている。一方で、巨神の制御能力はドラゴーネやその他の第二世代とは比較にならないくらいに高いだろうな。僕らの
要求された性能と取り扱いを考えればこれがベストさ。向上した知的能力の発達のためにも、肉体の形状が人間に近い方が都合がいい、と言うのもある。学習の際に真似するべき人間はたくさんいる」
「どこまで賢くなることやら」
「ま、どれほど賢くなったところで人間大の肉体に過ぎない。演算能力はスーパーコンピュータを束にしたくらいにあっても、情報の入出力には結局限界があるのさ。そいつをフルに活用できるようになるには、第四世代以降まで待たなきゃならないだろう。
彼らだって人間同様に悩みもすれば過ちだって犯す、ただの子供たちだよ」
テレビを見るゴールドマンの表情は、優しかった。
やがてニュースは別の話題に移る。好調な経済。主要国のサミット。この十五年あまりで進歩を遂げた全身義体者のスポーツ。身近なもの。遠いもの。様々な内容。
一通りを見届けたあたりで、ゴールドマンは立ち上がった。
「さて。じゃあ僕はそろそろ帰るよ。明日があるからな。
おやすみ」
「おやすみなさい」
「~~~~~」
帰り支度の気配に気づいたか。見送るペレに対しても手を振ると、ゴールドマンはふたりの部屋を後にした。
―――西暦二〇四四年。初の第三世代型知性強化動物が誕生した年、第三世代型知性強化動物が実戦投入される八年前の出来事。
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