はじめての学校

「子供が純粋なのは無知故だ。だが、それが輝かしいものとなる瞬間は確かに存在する」


【イギリス イングランドコッツウォルズ地方 公立小学校】


イギリスでは小学校に入学する5歳の時点で文章を用いて話す事ができ、すべてのアルファベットを知り、そして基本的な読み書きのスキルを備えていることが求められる。そのため3-4歳で保育園に、4-5歳で小学校の幼児クラスに通うことも可能ではあるが必須というわけではない。

そう。(知性強化動物を除く)国民の大半は、5歳から学校教育が始まる。種族の別なく。

だからこの日。新入生を迎えた小学校は、ある種異様な雰囲気に包まれていた。

「ねえお母さん。あれって近所で掃除とかしてるひとのこども?」

「そうだよ」

新入生の一人が見ていたのは羽毛が生え、鳥相を備えて洋服を身に着けた、少しだけ他の新入生より背の高い子供である。ここ数年、村人達も見慣れつつあった生き物が、役人(村人からすれば村役場の職員だろうが捕虜収容所のスタッフだろうが役人である)に手を引かれてそこにいた。

神々の子供であった。

問いに短く肯定で返した母親は新入生の手を引き、張り出された案内へと目をやる。同じような光景はそこかしこで発生しているが、それ以上の過剰な反応はない。近所の施設に収容されている捕虜の神々が施設外での労働に動員されるようになり、村人たちの側もこの種族に対する理解が増しつつあったからである。捕虜たちは非常に行儀よく振る舞っていた。時に石を投げつけられ、罵声を浴びせられても淡々と自らに与えられた労役に従事していたのだった。

そして、政府による幾度もの説明会や村落のインフラへの投資。

学校も職員が増員されたし、政府や国連からも村に専任のスタッフが派遣された。それでも不安に思う者は村を去り、残った村人たちは淡々とこの、新たな現実を受け入れる準備を済ませたのだった。

そう。神々の子供が、自分たちの子供と同じ学校に通う、という。

教育だけならば収容所内だけで完結することもできただろうが、しかし政府と欧州連合EU。そして国連は異なる判断を下した。人権を認め、外での自由を保障する以上は学校にも通わせるべきだと決定したのである。

逆説的ではあるが、ここは世界で最も安全な小学校のひとつとなった。通常ではありえないほど多くの人員がおり、世界が注目しているからだ。それは神々の子供が通うことによって生じるであろう問題を未然に防ぎ、あるいは解決するためのものだが、他の子供たちの安全にも寄与するのは明らかであった。

故に。

ファースト・コンタクトは、穏やかなものとなった。

「こんにちは」

鳥相の子供は、隣になった少年へと礼儀正しくお辞儀した。相手も慌てて同じようにぺこり。

「僕、グ=ラス。君は?」

「アーサーだよ」

話しかけられた少年は、目をまんまるにしながらも返答。このグ=ラスという人物?の言葉遣いは実に流暢だった。変ななまりもない。模範的な「教科書のための」標準英語である。

「アーサー?じゃあ、僕と一緒のクラスだ」

「ほんとうだ」

ふたりが見上げた先に張り出されていたのはクラス分け。見れば確かに、両名の名前があった。

「これからよろしくね。アーサー」

「こっちこそ。ところで、グ=ラス。一つ聞いていいかな」

「何かな」

「君は男の子なのかい。それとも女の子?服装は男みたいだけど」

問われたグ=ラスはくすりと笑うと、

「僕は男だよ。見た目じゃ分からないかもしれないけどね」

「そっか」

その時だった。少年の父が手を引いたのは。

アーサーは父へと頷くと、グ=ラスへと手をふった。周囲でも移動が始まっている。これから学校生活のガイダンスが始まるのだ。イギリスの学校には入学式は存在しない。クラス発表や学校生活の説明でおおむね初日は終了する。

人の波に飲み込まれ、鳥相の男の子の姿は見えなくなった。

「友達になれそうだった」

「そうか」

アーサーに対する父の返答は短かった。

その理由を深く考えることもなく、アーサーは教室へと向かった。これから始まる学校生活にワクワクしながら。




―――西暦二〇四〇年九月。初めて神々の子供への公教育が開始された日。都築燈火が門を開く十二年前の出来事。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る