長さと個数は同じ

「ねえ。人間っていつからものの数を数えられるようになったの」


【埼玉県 都築家】


昼下がりの午後のことだった。

荷物を部屋に置いたはるなが顔を出した居間では、ソファに座って冬休みの宿題をしている少年の姿が。相火である。何やら算数の問題であろうか。

「うん?いつからだろうね」

少年の向かい側に座ったはるなは、宿題の様子を覗き込む。

「変だよね。ほとんどの生き物は、数を数えなくても生きていけるのに。なんで人間だけ、数がわかるんだろう」

「それは答えられるな。相火くんは、ものの長さが見ただけでわかるよね」

「うん」

「時間の長さも分かる。5分と5時間は気が付くでしょ?」

「うん。分かるよ」

「この辺は人間以外の生き物も分かるの。生きるのに、役立つでしょう」

「そうだ。たしかに」

「これって数に似てるよね。長さが二倍あるのと、ものの個数が二倍あるのはそっくり。これを使って、人間の脳は数を数える事ができる。元々"数える"は、大きさを比べる能力だった。ものや時間の長さの情報を手掛かりにしてるのよ」

「なるほどなあ」

「他にも」

はるなは虚空からオレンジ色の流体をと、テーブルに並べた。1,2,3,4,…と数字の形に実体化させた自らの分身を左から一列としたのである。

「これはどっちの方が大きい?」

「右!1より10の方が大きい」

「正解。じゃあこうしたらどうかな」

今度ははるなは、数字の並びをぐちゃぐちゃにした。最大の数をぱっと見で探すのは少々大変だろう。

「わかりづらいや」

「そう。私たちは左から読むことに慣れているから、小さい数は左。大きい数は右にあるはず。って思う。おかげで並んでいる10は簡単に見つけられるの。

見たものの位置と数をリンクさせてるのね。おかげで人類は、数字を発明する前からいろんなことができた。橋をかけられたし、建物も建てた。船を漕いで大海原に乗り出すこともできる。

けれど、それらの事を考える時に数学が必要になる」

「かんがえる?」

「そう。数十人で暮らしてるなら数学なんていらない。なんとなくで生きていけるわ。けれど、これが何百人。何千人。何万人になってくると違う。そんな大勢の人がいるなら、ものを分けたり計画を立てたりする必要がある。その時に数は威力を発揮するの。

文明には数が必要なのよ。難しいことを考えるために、ね」

「すごいや」

はるなは、きらきらと目を輝かせている相火に顔をほころばせた。この少年の学力は年齢相応、小学校低学年並みだが、その知識欲はずば抜けている。両親の教育がよいおかげもあるのだろう。年に数回しか共に過ごす時間を持たないはるなにとっては会うたびに新たな発見があった。

やがて、相火は宿題を終えると答え合わせも済ませる。

「できたー!」

「お疲れ様」

「ねえ。一緒に遊びに行こう」

手を引かれたはるなは、少年と共に立ち上がった。




―――西暦二〇三九年末。はるなが十九歳を迎えた年、九尾級が初めて実戦投入される十三年前の出来事。

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