出会いのコツは長生き

「かつてカール・セーガンは言った。もしわれわれ以外の文明が存在するとすればそれはとても古く、今日のわれわれと同じように自らの生存を脅かす関門を潜り抜けたに違いない、と」


【イギリス イングランドロンドン市 マリオン家】


「ねえ伯母さん。宇宙にはほかの知的生命体っているの?」

「いるだろうな。今のところ2種族。この時点で知性の誕生する環境がオンリーワンでないのは明らかだ。3種族目もどっかにいるだろう。近くにいるかどうかは分からんが」

フランシスは手を伸ばしながら答えた。物置き部屋のドアを分子運動制御で開き、中に置かれた予備のサラダ油をのである。周囲から熱エネルギーを移してやりながら。微妙に気温が下がっていくが大したものではない。

手元に届いた油をキャッチして開封。フライパンに垂らす。

隣室より聞こえてくるのはメアリーの声とそして往年のテレビドラマのセリフ。外宇宙に進出した人類の冒険ものである。

「まあそいつらと人類がカチ合うかどうかは分からん。人類が恒星間通信能力を持ってまだ百年も経ってない。仮に千年前に十光年先のエイリアンが三百年間、他の知的生命体を求めて電波を垂れ流した後諦めたらどうなる?」

「人類は気付かないよね」

「それだ。そしてエイリアンはこう結論付けるかもしれん。『我々は孤独だった。宇宙にはほかに知的生命体なんていない』ってな」

じゃがいもを確認。下ごしらえはしてある。チーズおろし器でスライスし、流水で洗い、水気はとった。

「でも直接探しに来るかもよ。超光速ってできるんだよね」

「原理的には大して難しくない。加速した重金属粒子をぶつけて10兆度に加熱した後、磁気でねじって圧縮して更に高温にしてやりゃいい。ワームホールの一丁上がりだ。たぶん、十年もしないうちに実用化できるだろう。二度と潜りたかあねえが」

「なんで?」

「酔うんだよ。ワームホールは小さい上に不安定だからな。エキゾチック物質で支えてやらないと一瞬で潰れちまうんだが、こいつが曲者でな。船体や積み荷、船員がギリギリ潰れなきゃOKってなもんだ」

「伯母さんでも駄目なの?」

「無理だな。空間自体が歪んでんだぞ。あの気持ち悪さは何とも言えねえ」

温まったフライパンにジャガイモをぶち込む。黒コショウをまぶしつつこんがりと焼き上げていく。

「門も超光速のスピンオフだって聞いたけど、同じなの?」

「でもねえ。さほど不愉快じゃあなかった。まあ本当にあれがワームホールと同じかどうかわからん。類似点が多いから可能性はある程度の話だな」

「ふうん」

「で、だ。話を戻せば、超光速でも難しいだろうな。天の川銀河だけで2000億も恒星がある。それぞれに惑星があり、生命のいる可能性がある。そいつをしらみつぶしに探すのがどんだけ大変か分かるだろ」

「2000億かあ……」

「結局のところ、他の文明を探すにはものすごい幸運に恵まれるか、ものすごい長い期間、文明を存続させるしかねえのさ。神々に人類が見つけられたのは天文学的不運の賜物だよ」

「でもそれって変じゃない?神々は自分たちを存続させるために文明を探してたんだよね。見つけられる可能性が低いのにそんな計画に賭けたの?」

「正確にはちょいと違う。連中が探してたのは生命であって文明じゃない。最悪、氷の下の熱水生命みたいな、文明とかけ離れた生物でもよかったのさ」

「それでなんとかなるの?」

「ならねえな。少なくともすぐには。だが何億年も未来なら別だ。その頃には文明を持てるほどに進化しているかもしれねえ。あるいはそこそこ高等な生物ならもっと都合がいい。神々が滅亡するまでの数百年でも、遺伝子操作と品種改良で知的生命体にまで進化させられる可能性がある。神々が元来求めていたのは、自分たちの文明を引き継がせる相手だったんだよ。人類が想像を絶するくらいに都合のいい存在だったから、計画を変更したんだ。自分たちをなるべく元の形で存続させる前提でな」

やがて料理が完成。ハッシュブラウン。幾らでも食べられるおやつである。

フライパンを片付けたフランシスは、料理を入れた器を手に隣室へ向かった。

よっこいしょ、とメアリーの座るソファの横へ腰かける伯母。

ドラマはクライマックスのようだった。

「少しばかり運命が違ってりゃ、神々も月あたりに自分たちの痕跡を残しただけで滅びてたかもしれん。モノリスみたいな、自分たちの存在を訴えるような、な。けど実際はこのドラマみたいに派手な接触をすることになった」

画面の中では色々な姿の宇宙人がいた。蒼い肌。そもそも人間とは異なる姿の者。不思議な髪型のヒューマノイド。等々。

「カール・セーガンはかつて、他の文明が存在するならそれは人類文明よりはるかに古い可能性が高いと言った。まあ妥当な推論だろうな。人類文明の若さを鑑みれば。けれど実際に接触したのは、せいぜい数千年の差しかない文明だった。天文学的には誤差と言っていい」

「次に他の文明に出会う時って、人類文明がものすごく古い側?」

「たぶんそうだろう。何万年、何十万年。って単位で存続してようやく出会うんじゃねえかなあ」

「そっか」

やがてクライマックスが終わり、エンドロールが流れ始める。

ハッシュブラウンをつまみながら、ふたりは最後までテレビを見ていた。




―――西暦二〇三八年。人類が初めて太陽系外へメッセージを送信してから六十四年目の出来事。

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