理想家の提言
「神々の、僕らに対する態度は野蛮人そのものだった。だからと言って、僕らが彼ら同様の野蛮人になってやる必要はない」
【ニューヨーク 国連新本部ビル】
「お久しぶりです、ゴールドマン博士」
「ええ。先日の模擬戦ではありがとうございました。
ゴールドマンとサラ。両者はにこやかに挨拶を交わした。
国連本部での立ち話である。
「ドラゴーネたちの様子はどうですか」
「体は立派ですが、中身はまだまだ子供ですね。やはり2年では大人、と言い切れるまで育てるのは難しい。今までの知性強化動物と、その辺は同じです」
サラは苦笑した。それは自身でも常々実感しているところである。国連で働く傍ら、知性強化動物の育成にもかかわってきた彼女にとって永遠の課題だった。教え子の中でももっとも年長である虎人たちはもう十三歳だが、まだまだ遊びたい盛りの若者と言った感じであった。
「しかしゴールドマン博士。今回の件では驚きました。知性強化動物の権利についてあなたが熱心なのは知っていましたが、神々についてもご同様だったとは」
「神々なんてみんな殺してしまえ!みたいに考えていると思ってましたか?」
「正直に言わせていただければ。徹底した強硬派かと」
サラは正直に言った。今回の件。神々の捕虜の妊娠の問題では、ゴールドマンはどちらかと言えば出産と、そして生まれてくる赤ん坊の権利の保護について肯定的に見える立場をとっている。高名な神経科学者である彼の意見は、議論に大きな影響を与えつつあったのだ。
「正しい認識です。けれど僕は科学者だ。その使命と責任とを裏切ることはできない。
それに友人がかつて言っていました。我々は野蛮人ではない。神々とは違う、と」
「都築博士の言葉ですか」
「ええ」
それは、都築博士がたびたび用いた言い回しだった。科学の急速な進歩によって揺らぐ価値観、倫理観を危惧していたためだろうと、一般には言われている。それが事実であることを、ゴールドマンは知っていた。
若くして夭折した天才科学者。知性強化動物という種族を生み出した男が残した最も大きなものは、この言葉だったのかもしれない。
「神々がいかな蛮行を働いたからと言って、我々まで蛮行を働いてはいけない。そうすることで確かに気は晴れるかもしれない。だが無意味です。赤ん坊一人亡き者にして何になります?それなら捕虜など生かしておくべきではなかった。最初から、得られる知識を得た時点で皆殺しにしておくべきだったんですよ。
それに、胎児を中絶することは別の倫理的な問題をも引き起こします」
「滅びゆく種の貴重な子供、ですか」
「ええ。神々が滅ぶのは勝手だ。我々と起源を異とする種であり、自滅である以上は彼ら自身の問題です。ですが、そんな滅びつつある種族の子供が誕生する芽を摘む、となれば話が変わる。我々自身が彼らの絶滅に対して手を貸すようなものです。僕は、そんな汚点を人類に残すような愚行を見逃すつもりはない。それだけです」
「理想家でいらっしゃるのね」
「恐縮です。ですが、僕だけの考えではない。同じ考えの人は大勢いるでしょう。人類は愚かじゃあ、ない」
「ええ。存じています」
サラは、微笑んだ。
それからしばらくして時間となり、国連総会の場にゴールドマンは立った。
—――西暦二〇三四年。ニューヨークにて、サラ・チェンとウィリアム・ゴールドマンの会話。初めて地球で神々の子供が生まれる前年の出来事。
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