張力と統合
「自然界には一見関係ないもの同士に類似性が見られる。それは、安定する構造が様々なスケールで同一だからだ」
【イタリア共和国カンパニア州 ナポリ海軍基地 知性強化動物工作用スペース】
「うわあ。できたよ」「成功だ」
ドロミテとベルニナは歓声を上げた。午後の自由時間、工作に励んでいた成果が自立しているのだった。
子竜たちが作っていたのは多数の木の枝を組み合わせ、縛り付けたものからなるT字型の物体。それの下部が地面の台から伸びる棒より紐で吊り下げられ、上のT字の部分が二か所、台から引っ張られる形で安定しているのだった。
一見すぐ倒れてしまいそうな不格好な構造は、ゆらゆらと微動しながら安定していた。その様子はまるで宙に浮いているようにも見える。もちろんそんなわけはない。三か所の紐の張力と重力の釣り合いを考慮して組み立てた結果である。
たちまちのうちに周囲には兄弟たちが集まってわいわいがやがや。騒がしい。
しまいには研究スタッフもやってきた。50歳くらいの人の好さそうなおばちゃんである。
「おやまあ。これはよくできたねえ」
力学的な構造もそうだが、ロープと木の枝だけでこれを作ったというのに感心するおばちゃん。枝の元々も形もうまく活用して作られているのが分かった。
「作品展に出すのー」
「おお。そうかい。頑張ったねえ」
近いうちに近所の学校の作品展があるので、それに出すつもりなのだろう。合点がいくおばちゃん。
「よくもまあ。こりゃテンセグリティかい」
「
「そう呼ばれてる構造があるんだよ。
おばちゃんは再度感心した。子供たちはどうやら自力でこの構造を発見したらしい。知性強化動物の驚異的な知性の根本は、こういった発見を自力で行う発想力とそれを支える好奇心にある。
テンセグリティは一般的な構造と異なり、剛性を備えた圧縮材と紐のような張力材のバランスで成立している。少量の材料でも安定した構造が成立するのが特徴で、軽量化と弾力性を両立させるのに優れていた。子供たちが作ったのはその最小単位。三つの張力材で支えられる構造である。
「名前がついてるんだ」
「そうだねえ。自然界にも存在してるからね」
おばちゃんが知っていたのは生物の構造にも関係してくるからだった。テンセグリティは生物の細胞膜やDNA、人体などにも備わっている。例えば骨という圧縮材と、筋肉という張力材が複雑に支え合った肉体は立派なテンセグリティだ。圧縮と張力の絶妙なバランスは、材料を最小限に抑えつつ弾力性を保持する。
最も少ない材料で、効率的に安定をもたらす構造こそがテンセグリティと言えた。
「なるほどなあ」
「さ。みんなにも見せなきゃもったいない」
「はーい」
子どもたちはタブレットで様子を撮影したり、散らばって大人を呼びに行き始めた。
おばちゃんはそれをしばし眺めると、用事を思い出して場を辞した。
—――西暦二〇三二年。知性強化動物の作品が一般人のものと共に展示されるようになってから十二年目、ドラゴーネが生まれた年の出来事。
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