英雄の告白

「あの戦争で何も失わなかった者はいる。それどころか得たものすらあるのが、わたしには後ろめたい」


【イタリア共和国カンパニア州 ナポリ 病院】


「災難だったな。交通事故とは」

ゴールドマンは病室のベッドの上から見舞客の顔を見上げた。古い知り合いである。モニカ———いや、"ニケ"の専任になった頃からの付き合い。

「これでもかなりマシなんですよ。うちのリオコルノが咄嗟に素晴らしい能力を発揮してくれたおかげでね。

あなたは元気そうだ。テオドール」

「ま、健康だけが取り柄だからね。この一点だけは神々にも感謝しているのだよ。健康にしてくれたことだけは。酒を飲んでも酔えないのが難点だがね」

テオドールは帽子を脱ぐと、傍らの椅子に腰かけた。この髭を生やした人類側神格は遺伝子戦争以前、家庭が上手くいっていなかったという話をゴールドマンは思い出した。それゆえに酒浸りの生活を送っていたのだとも。

「それにしても珍しい。あなたがこっちに来るとは」

「なに。娘がこっちで競技会に出たからそれを見に来たのさ。そうしたら君の話を耳に挟んでね」

「なるほど」

「ひょっとしたら今日のニュースでも映っているかもしれないな」

テオドールはタブレットを取り出すと、つい先ほど撮影したのであろう動画をタップ。どこかの競技場の画面が映りだした。

そして、機械の体を持つアスリートたちの雄姿。身体障碍者たちによる徒競走の様子が映っていたのである。

全身義体者たちによる競技。それはもはや障碍者スポーツとは言えないだろう。生身の肉体よりも、様々な面で高性能な機械の体を備えた彼ら彼女らはもはや超人と呼べる域にある。

サラブレッド並みの速度で走るアスリートたち。その先頭争いに参加している人物に、ゴールドマンは見覚えがあった。

「この子が遺伝子戦争を生き延びる事が出来たのは、ひとえに私の娘だったからだ。機械に繋がれなければ生きられない、知的発達も遅れた子供を生かしておく余裕は本来なかったからね。英雄の娘だったおかげで、特別扱いしてもらえた。それが医学と工学の驚異的な発達のおかげで、今やこの子は人並み以上の知性と自在に動き回れる体を手に入れた。

最後の門が閉じてからもう十四年だ。多くの人はあの戦争で大切なものを失ったが、わたしにとってはそうではない。

それが、どうにも後ろめたく感じる」

「気にしてもしょうがない話だ。それに、あなたは不正を行ったわけではない。自分で勝ち取った正当な報酬ですよ。

あなたが必死に戦ったこと。多くの命を救ったこと。僕はそれを知っている。僕だけじゃない。みんながだ」

「そうだろうか」

「そうです。だから気に病まないで欲しい」

「―――ありがとう」

テオドールは帽子を被ると立ち上がった。

「治ったら、今度うちに招待しよう。妻と娘を紹介するよ」

「楽しみだ。さようなら、テオドール」

「ああ。さようなら、ゴールドマンくん」

言葉を交わし、そして来客は去った。




—――西暦二〇三二年、ナポリの病院にて。ゴールドマンが交通事故で入院した翌日、パラリンピックで全身義体者の級が登場する四年前の出来事。

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