自動化も良し悪し

「街中は交通量が多すぎる。それを鑑みれば、島はいかに安全な場所だったか思い知るよ。少なくとも、自動車に轢かれる危険は都市部より遥かに小さい」


【イタリア共和国カンパニア州 ナポリ市街】


衝撃音が響き渡った。

交差点で起きた事故。通行人たちがなんだなんだと視線を向け、自動車の運転手が飛び降りてくる中、事故の被害者は頭を振っていた。

「いたたた……」

よっこいしょ、とばかりに上半身を起こしたのはシカにも似た頭部を持ち、カジュアルな服装に身を包んだ人型の生き物。

リスカムだった。

彼女に庇われた子竜は、きょとんとした顔をしている。こちらはドロミテである。

「大丈夫?」

「ドロミテはへいきだよ。大丈夫!」

相手の無事を確認したリスカムは立ち上がった。トラックに轢かれたくらいで神格が大怪我をすることはまずない。とはいえひどい目にあった。大きな音がしたので何事かと振り向いたら、ビルの周りに組まれた足場が崩壊し、それを避けようとしたトラックがこちらへ突っ込んできたのである。リスカムは咄嗟にそばにいたゴールドマンを突き飛ばし、ドロミテを庇ったのだった。

「あ。そうだ、ゴールドマンおじさん!」

「無事だよ。あいたたたた……」

返事を返したのは、腰を強かに打ったらしいゴールドマンだった。周囲には紙袋から散乱した食品が転がっているが許容範囲内だろう。ふたりは庇えないと判断したリスカムのファインプレーだった。

「よくやってくれた。危うく死ぬところだったよ。……こりゃ立てそうにない」

「う、うん」

周囲では既に通行人が警察や救急へ電話し、あるいはこちらへ駆け寄ってくる。通報の心配は必要ないだろう。もっとも、ゴールドマンはともかくリスカムとドロミテは普通の医者では手に負えないのだが。基地に戻ったら念のために検査を受けねばならない。

九死に一生を得た科学者は、事故車両を見上げた。前面がべこり。とへこんでいる。リスカムにぶつかった痕跡だった。運転手———いや、車両オペレータがようやく立ち直ったか、ドアを開けて降りてくる。最近のトラックは完全自動運転である。高度な知能機械によって目的地までの移動・車庫入れまで完璧にこなせるのだった。それでも人間は必要不可欠だったが。この種の人工知能を騙すのは比較的簡単である。悪意のある犯罪者による妨害・積み荷泥棒やその他イレギュラーな事態に対処するために人間が乗っているのだ。

もっとも、それとて足場の崩壊のような事故に咄嗟に対処するのは難しいのだが。

平謝りする車両オペレータへ大丈夫と告げると、ゴールドマンはリスカムへ顔を向けた。

「どうしたの、ゴールドマンおじさん」

「いや、なに。やはりこういう時の咄嗟の対処は、生物の方が優れているなと思っただけさ。機械よりもね」

人工知能が発達した現在でも、今回のような咄嗟の緊急判断は難しい。そもそも選択肢が落下してくる足場に突っ込むかあるいは回避するかしかない場合では、トラックの知能機械を責めるのも酷だろう。突っ込めば車両オペレータが負傷していただろうし、回避した結果出た犠牲者数など予想する暇もなかっただろうから。自動機械の判断はその能力だけではなく、社会の倫理も密接に関わってくる。

当面は車両から人間が消えることはないだろうな。などと考えつつ、ゴールドマンは救急隊の到着を待った。




—――西暦二〇三二年。ドラゴーネ誕生から三か月、真の意味で知性化した知能機械出現の四年前の出来事。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る