器の形

「ものを食べるとき、クチバシは歯より不便に見える。けれどそれが劣っているとは、限らない」


【月面 マリウス丘】


「メリークリスマス!」「「メリークリスマス!!」」

ささやかな宴席だった。

狭苦しい居住スペースに集っているのは人種も国籍も様々な人々とそして知性強化動物たち。

月面での基地建設のために設置された作業施設だった。幾つものドーム状の構造が通路で繋がれている。ここを拠点として、月の地下溶岩洞での工事が進められているのだった。

「いやあ。最初はどうなるかと思ってたが、無事に年を越せそうだ。あの縦穴を見下ろしたときはさすがに震えたね」

「昔のホラーSF映画なら、なんか怪物が出てきそうな感じだったからな」

「神格が八人もいるからさすがに大丈夫だろう。仮に出てきても」

おしゃべりしつつも食事が進む。オービタルリングの登場で劇的にコストは下がったとはいえ、宇宙はやはり高価たかい。日頃再生水を飲み、水耕農場の野菜と宇宙食ばかり食べているスタッフたちも、クリスマスのために地球から持ち込まれたごちそうに舌鼓を打っていた。

もちろん知性強化動物たちも例外ではない。彼女らの食の嗜好は人間と基本的に等しい。リスカムも、チキンをむしゃむしゃ頬張っていた。この辺だけ見るととてもシカがベースには見えまい。

「私さあ」

「うん?」

「子供の頃、何となくリオコルノは草食だとばっかり思ってたんだよね」

話しかけてきたのはメガネをかけた“虎人”の黄蓉。肉食動物ベースのこちらはポテトをむしゃむしゃしていた。

「先入観だあ」

「そうだねえ。まあ経済性を考えたら人間と同じもん食べるのがベストなんだけど」

料理は消化と吸収のコストを劇的に下げる。幼少期の知性強化動物の成長速度を高めるためにも人間と同じ料理を食べさせることは必須だった。

「先入観と言えば」

黄蓉の視線が向くのは“エンタープライズ”級のローズマリー。

「なになに?」

「エンタープライズ級に歯が生えてるのも意外だったなあ。初めて一緒に食事したときびっくりしたもん」

「いやいやいや。あたしたちは鳥類の遺伝子も持ってるけど、爬虫類でもあるから。キメラだから。顔見たら分かるでしょ」

「まあ、なんだかんだ言ったところで、結局のところ私達って“人間”だもんね」

「そうね。下手に同じでなくてもいいところもあるでしょうとは思うけど。これとか肩が凝って仕方ないし」

「確かにおっぱいはいらんなあ。子供産まないし」

「あ。ないひとがなんか言ってる!」

「羨ましいだろ〜。へへーん。あたしだけ哺乳類じゃないもんね」

現行の知性強化動物は動物の遺伝子を改造し、人体に近い構造を付与した人造生物である。遺伝子的には人間と99%変わらない。

将来的にはより、人間とかけ離れた知性強化動物が生まれるのだろうが。いや、すでに開発が進んでいるということをこの場の全員が知っていた。人間の定義も、時代とともにもっと広がって行くのだろう。

「そういえば、神々も歯は生えてるよね。鳥なのに」

リスカムはかつて見た神々の姿を思い出した。イギリスの捕虜収容所に見学に行ったのだ。かなり昔の事である。

「歯がないと食べられるもんが減るからね。神々は鳥に似てるけど鳥じゃないし」

「そう言えば鳥は何で歯がないんだろう?」

「さあ?」

首を傾げるリスカムと黄蓉。

「それならこないだドイツの鳥類学者が新説を出してたよ。孵化期間を短くするためだってさ。鳥は大型の卵を数個だけ産む。平均11〜85日でこれは孵る。鳥の祖先である恐竜の場合はもっと長い。3ヶ月から6ヶ月。倍よ。子孫の生存率を上げるために鳥は歯の遺伝子を不活性化したの。

神々の場合は人間と同じ胎生だし、歯を生やすコストも負担できたんでしょうね」

遺伝子戦争で科学技術は進歩したが、地球由来の生物の進化といった分野にまではそれは及んでいない。神々の世界に元から存在しなかった生命の進化については、昔ながらの地道な調査と研究が必要だった。もちろん進歩したテクノロジーや神々の世界の進化学はその助けや参考にはなった。

「神々、初めて見たときはどこかの知性強化動物かって思った」

「私も。知性強化動物はあんまり神々に似ないようにデザインされるらしいけどね」

「そりゃそうだ。

ねえ。みんなは初めて本物を見たのはどこ?あたしはフロリダの捕虜収容施設だけど」

「イギリス。あの後観光した事のほうがよく覚えてる」

「私は台湾国内ね」

「―――東京で。人体にアップロードされた神を見たことがある」

割って入った声に、三人は振り返った。

手を止めてこちらを見ていたのは九尾級、“あたご”。

「識別用に眼球が黒く染色されてるの。それだけで凄く怖く感じたのを覚えてる。見た目は人間なのにね。十代後半の女性の肉体。不死化処置済みだった。志織さん―――うちの教官が神々の世界を脱出するとき、一緒に連れ帰ってきたそうよ。親友の肉体だったんだ、って聞いた」

「……」

「ごめん。食事のときにする話じゃなかった」

「いえ、いいの」

リスカムは微笑むと、相手を誘った。

「ねえ。せっかくだしこっちにこない?」

「じゃあ、遠慮なく」

四人は集まり、おしゃべりを再開した。クリスマスパーティはなごやかに進行し、そして終了した。




―――西暦二〇二九年、クリスマス。人類が初めて神々を捕虜にしてから十三年。月面の基地が完成する二年前の出来事。

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