竜の胎動
「形はそれ自体が知性を持つ。すなわち生命の姿は、そのまま知性のありようを決定するんです」
【イタリア共和国ラツィオ州ローマ キージ宮殿ブリーフィングルーム】
「物体はそれ自体、記憶装置として用いることができます。人類が初めて手にしたコンピュータは小石だった。僕らは今でも指を折って数を記録する。形とは知性なのです」
ゴールドマンは室内を見回した。並んでいるのは大統領。首相。閣僚級のお歴々。彼らを口説き落とせるかどうかで、これまでの研究が形となるかどうかが決まる。説得できる自信はあった。国防相は味方だ。他の何人かの閣僚も。彼らの協力を得て、真に人体を超える頭脳と肉体を作るのだ。
「タコの足は体から切り離されても制御された動きをします。脳ではなく足そのものに制御機構が組み込まれている。柔らかい体を揺らすことで多様な非線形の応答を引き起こし、目的にあったものを組み合わせることで答えを得ることができるのです」
一息。
「生物は進化の過程で、その環境における生存に役立つ計算を実行できるような構造を獲得しました。物体に備わる計算能力を生物は利用してきたのです。
先程の例で言えばタコの足そのものが、必要な演算を蓄える
反応を確認。悪くない。
「リザバーコンピューティングは元々、身体の計算能力と関係ないところから始まりました。時間とともに変化するデータから学習する、リカレントニューラルネットワークのアルゴリズムとして二〇〇〇年代初頭に提唱されたのが始まりです。
従来の方法では、ニューラルネットワークへの入出力と応答全てでニューロンの重みを調整していました。個々にね。これは煩雑です。リザバーコンピューティングでは違う。入力とニューラルネットワーク内のパラメータは固定する。出力される際、各ニューロンからの読み出しを重み付けするものだけを調整します。目的にあったものだけを使うイメージをしていただければよいでしょう。通常のニューラルネットワークより遥かに簡単に実行できる。
物理的リザバーコンピューティングは、この重み付けの部分を物理的な動きに一任します。現在電子計算機技術の方面でもこの考えは大いに進展している。先の月面プロジェクトで用いられるものを始めとする様々なロボットはこのテクノロジーが用いられているのです。量子系を用いたリザバーコンピューティングも実用化されました。
これらのコンピューティングには一つの特徴がある。形態と環境に沿った演算にしか役立たない、という事です。
僕が提案するのは、この事実に立脚した、新たな知性強化動物についてです」
ようやく本題に入った。
「これまでの知性強化動物は人体構造を取り入れてきました。素早く新しい知的生命体を生み出すには、これは良い方法です。我々が知る知性とは、人類と神々しか存在しなかったわけですから。実際、初の知性強化動物である九尾級は戦後二年で誕生しています。驚異的なスピードと言えるでしょう。戦後十年の今では人類製神格の総数は千を超えました。それでも十分とは言えない。我々と神々の間には未だに科学力の差が横たわり、神格の性能でも及びません。いえ、仮に神格の性能が並んでもそれだけでは神々に対抗できない。何故なら彼らには人道という概念が通用しないからです。洗脳し、殺人マシーンに改造した人間を幾らでも兵器として繰り出してくる神々に対抗する為には、肉体の性能で圧倒するしかありません。人間は神格の肉体になるために生まれてきたわけではありません。現行の知性強化動物もその目的に最適化されているとは言い難い。この新たな知性強化動物は、対神格戦闘に最適化された肉体を持ちます。もちろん、現行の知性強化動物のような各種作業に対応する汎用性と、優れた知性も持ち合わせている。
この新たな生命は、我々の守護神となってくれることでしょう」
ゴールドマンは言葉を切った。閣僚たちは資料に目を落とし、あるいは隣同士で言葉をかわしている。緊張する一瞬。
それがすぎた時、口を開いたのは大統領だった。
「勝てるかね。神々の眷属に」
「勝てます。例えば眷属は在来兵器でも倒すことができましたが、この新型に対しては困難です。認識しきれない攻撃に対する防御力の低下を補えるよう、認識能力そのものを拡張されているからです。これは対眷属戦闘でも生存率を大幅に上昇させます。それ以外でも様々な面で人体構造への優位性が存在します」
「なるほどな。この新型。名前は?」
「“
「リオコルノか……いい子たちだった。何度も話をした。良き隣人とはああいうのを、言うのだろうな」
そこで大統領は一拍置くと、核心的な問を投げかけた。
「この新型も、あの子達のように健やかに育つかね」
「僕はこれまで三十六人を育ててきました。新たな子どもたちも育てて見せましょう」
大統領はゴールドマンの答えに満足そうに、頷いてみせた。
「いいだろう。私からの質問は以上だ」
その後、首相や他の閣僚に対する質疑応答を経て、会議は終了した。
新型の知性強化動物の開発について公開されたのはこの日からしばし後のことだった。
―――西暦二〇二九年、再建されたキージ宮殿にて。第二世代の知性強化動物誕生の三年前の出来事。
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