交わらぬもの

「生命誕生の条件が揃うのは奇跡的なことよ。だから、それがある場所を絞り込むのはとても簡単なの」


【イタリア共和国エオリエ諸島サリーナ島 ベルッチ家】


「リスカムは見えるか?」

「それは流石に私でも無理。巨神を使えば別だけど」

モニカはニコラに答えると、苦笑しながら振り返った。夜空を見上げているのがそう捉えられたらしい。

「今頃あの子は月か」

「ええ。予定通りに行ってるなら、降下準備に入っているはず。まあ心配はないわ。蓄積のある技術だから」

天体への着陸は難しいが技術的蓄積のある分野だ。遺伝子戦争以前より人類は様々な宇宙機を飛ばしてきた。戦後それは活発になり、事前調査のためすでに多数の探査機が月へと降ろされていた。

もちろん、神格を用いればもっと簡単な作業なのは間違いない。しかしより安価なローテクによる有人探査の実証試験も今回の計画は兼ねている。

「それにしても、ノアの箱舟、ねえ。月なんぞに置いといて大丈夫なのか?」

「あんまりいい場所じゃあないわ。けど、今回の計画は地球じゃない場所に設置することに意義があるから。

地球が襲われても月は平気。だってあそこに旨味なんてないもの」

「水も空気もなあんも、ないもんなあ」

「ま、月で価値があるのは極地の氷とあとはヘリウム3くらいなものだから。それでも重力に逆らって持ち出そうとするとコストが馬鹿にならない。住む場所じゃあないわ」

国連主導による月面への恒久基地の設置の目的は種の存続である。様々な生命の受精卵や種子、それらのデータのバックアップを保管するのがねらいであった。月の地下に存在する幾つもの大空洞のひとつが、基地の建設場所となる。

「なあ」

「なあに?おじいちゃん」

「向こうにも月はあるのか?」

「……月、とは違うけど、衛星はある。たくさんの星が連なっててね。そのうちの幾つかは小さいから自重で丸くならない。凸凹なの。地上から見上げたら、まるで月が砕けたみたいな姿だった」

モニカは。この、人類史上ごく僅かな数しか存在しない、神々の世界からの生還者は、答えた。懐かしむように、祖父の問へと。

「由来は地球の月とそっくり。神々の学説ではこうよ。四十二億年前に神々の星は大きな小惑星の衝突を受けた。そうして惑星から飛び出した軽い岩石の連なりが周囲を巡りだしたのが始まりだって。地球の月との違いは一塊ではなかった、ということだけよ。役割も月とおんなじ」

「役割?」

「うん。月は地球を安定させる役割を持ってる。地球の自転が公転面とそれほどかけ離れていないのは、月が周りを巡っているおかげ。重力でね。

同じ太陽系でも火星だとかなり地軸が傾いてる。あっちの衛星は自転を安定させられるほど大きくないから。

神々の世界も同じように安定している。

他にも、地殻にストレスを与えたり潮汐力があったり。地球同様の生命が発生する土壌が揃っていた」

「なるほどなあ。そんなに似てるのに、連中の方が進化は先を行ったのか」

「ううん。そんなことない。人類と神々の進化は奇跡的にほぼ同じ段階なの。三十億年の生命進化の前では、文明の進歩がほんの数千年ずれてるくらい無に等しいもの。

多分神々は人類を見つけたとき、奇跡だ、って思ったんじゃないかな。ここまで生命構造が酷似した知的生命体が、全く別の世界で発展していたんだもの。もちろん、それを探して異世界への門を開いたんたけど。彼らは」

「よくぞ見つけてくれたもんだ。ありがたくはないけどな」

「神々は、自分たちの星の環境と似た場所へと門を開いていたみたい。重力状況を手がかりにしてね。同じような重力の配置をしていることは似た生命の発生の最低状況だもの」

「途方も無い話だな……」

「本当、途方も無いわ」

モニカは首を振った。奇跡的な偶然の連鎖が生命を生んだ。更に奇跡は続き、本来交わらぬはずの酷似した種族が交わった。超新星爆発をきっかけとして。

世界はどれほどの奇跡に満ちているのだろうか。

「冷えてきたな……俺は戻る。モニカ。病気にならないからって体を冷やしすぎるなよ」

「うん。わかってる。おやすみなさい、おじいちゃん」

「ああ。おやすみ」

ニコラが室内へ戻る。そのあともモニカは夜空を見上げていたが、やがては家に入った。




―――西暦二〇二九年、ベルッチ家にて。月往還船が出発して数日後、都築燈火とその仲間たちが門を開く二十三年前の出来事。

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