港町にて

「珍しい。こんな場所で貴女にお会いできるとは」


【神戸 喫茶“ヴォイス” カウンター席】


サングラスの女性は顔を上げた。銀髪に眼鏡の男。まだ若い。

「人違いでは」

「僕たちは共通の知り合いを持ってるんです。この店に関してね。ミス志織。

ここを教えてくれたのはDr.都築トツキですよ」

その言葉に志織は、サングラスを外した。

「友達を待ってるところなの。それまでで良ければお相手するわ」

「ありがとう」

眼鏡の男―――ゴールドマンは志織の隣に腰掛けた。

「僕はウィリアム・ゴールドマン。トツキと出会ったのはニュージーランドだったかな。彼から貴女のお噂はかねがね」

「日本語お上手ね」

「ええ。難解な言語だがなかなか面白い。彼とは何度も議論しました。知性強化動物。神々。家族。

あ、チャイで」

店員に注文すると、ゴールドマンは居住まいを正した。

「ここの様子には来るたびに驚かされます。かつて焼け野原だったとは信じられない。古来の文化と新技術が無理なく融合している」

ゴールドマンは街の様子を思い出した。整理された都市区画。超近代的な高層建築は立ち並び、完全無人化したコンビニエンスストアや作業をするロボットが至るところで目に入る。かと思えばまだ新しい社や地蔵などがひっそりと路地裏で祀られていたりもした。山裾には古めかしい洋館が再建され、海側にも明治時代の洋風建築を復元したビルディングが並んでいる。古き伝統を大切にするのが神戸という土地なのかもしれない。

「あるいは焼け野原になったから、かもしれないわ」

「巨樹が倒れたあとにできた隙間を奪い合う新芽のように、ですか」

「そんな感じね。新芽が出る限りは心配はいらないのでしょう」

「貴女は人類についてもそう考えていますか?」

「ええ。元々人類は自ら巨樹を倒しに行くような種だと思う。より積極的なの。例えるならバンクス松ね。自ら森林火災を引き起こして空いた生態系ニッチを奪いに行く」

「確かに人類の歴史は闘争の歴史と言い換えてもいい。その荒々しさが我々をここまで引き上げました。先の戦争で曲がりなりにも戦えたのはそれあってのことだと思う」

「同感だわ。

ねえゴールドマンさん。あなたの意見も聞きたいわ。神々と人類。生き残るならどちらの種族だと思う?」

そこで、注文のチャイが出てきた。それを口にして考え込むゴールドマン。

「進歩と後退は常に同時に起きるものです。一六四二年、ヨーロッパ人がタスマニアにたどり着いたとき。住民はかつて持っていた多くのテクノロジーを失っていた。骨器、釣り針、磨製石器、罠、ブーメランと言った、祖先たちのテクノロジーも、魚を食用に捕まえる技も、裁縫も。海面上昇でタスマニアがオーストラリアから切り離されたときには持っていたというのに。技術を維持できなかったんだ。孤立した小集団には。逆にオーストラリア本土ではそれらは維持できた。大きな集団からなり、退化に勝る進歩ができたからです。

神々はいまだ巨大な集団です。けれど滅亡を目前にして社会は停滞した。それは進歩の足かせにもなった。

だから―――生き残るのは人類でしょう。我々は繁殖することができる。一方の神々の人口増加率は絶望的だ。あと1.5世代で滅亡するほどに追い詰められていた。

それに」

「それに?」

「人間の肉体を用いて延命しても苦し紛れだ。それはもはや神々ではなく、神々の文化をもった人間でしかない。しかも彼らは人類の文化を多く取り入れていった。仮に地球の人類が滅亡しても、人類という種の存続は揺るがない。僕はそう考えます」

「なるほどね。なかなかに面白い考えだったわ」

その時だった。「志織ちゃん、ごめん。待った?」と、二十代半ばの女性が声をかけてきたのは。

「大丈夫。こちらの紳士とお話してたから。

じゃ、ゴールドマンさん」

「ええ。邪魔者は退散しましょう」

チャイを飲み干したゴールドマンは会計を済ますと、そのまま店を出た。




―――西暦二〇二四年、神戸。神戸が奪還されてから八年、都築博士が亡くなった翌年の出来事。

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