炎の女神
「〜〜〜〜〜っ!」
【イタリア エオリア諸島サリーナ島 ベルッチ家】
「はいはい、待っててねペレちゃん」
リスカムは微笑んだ。机に突っ伏している家人の様子に。まるで幼子のような挙動は、年齢不相応にも見えた。ミクロネシア系の褐色の肢体をぷらぷらとさせているのに、リスカムは笑ったのだった。
夕食はパスタ。焼魚。これまた魚介類のスープ。新鮮なサラダ。白ワイン。
「ペレちゃん、配膳よろしくね」
「………ぅ…!」
身振りとともに指示されたペレはぱっと活発になった。手早く料理を食堂へ運んで行く。
「おっと」
入れ替わりで入ってきたのは金髪碧眼の少女。モニカだった。
「あ。お母さん。ゴールドマンおじさんどうだった?」
「またモニターとにらめっこ。相変わらず小難しい理屈をこねくり回してる」
「そっか。リスカムは、ゴールドマンおじさんのお話好きだけどな」
モニカは、娘―――そのように思い、大切に育ててきた知性強化動物の顔を、まじまじと見た。
全身を白い柔毛で覆われたすらりとした肢体は艶めかしい。草食動物的な大型の頭部には二本のねじくれ、枝分かれした角。瞳に宿るのは好奇心と明らかな知性。シカをベースに生み出された知性強化動物だった。
「あなたの好きにしたらいいわ。けど少しでも無茶なこと言ってたらすぐに私に言うのよ。とっちめてやるから」
「大丈夫だよ。お母さん、心配しすぎ」
「あなたは戦争中のあの男の無茶苦茶ぶりを知らないから……まあいいわ」
口を閉じると、モニカはテキパキと料理を手に取った。そのまま運んでいく。
ほどなくして、食事の準備が整った。あとは家人が揃うのを待つだけだ。
この家には他にモニカの両親と祖父母が住んでいる。ゴールドマンとリスカムは泊まりに来ているのだった。
「ペレちゃん、もう少しだけ待っててね」
「〜〜っ。……ぁ」
ふにゃあ、と猫のような挙動を取るペレに、モニカとリスカムは苦笑。言葉は通じていないが意図は伝わっていた。
「ねえ、お母さん」
「なあに?」
「リスカムも、喋れなくなっちゃうのかな。ペレちゃんみたいに」
「……きっと大丈夫。あなたたちは初めての例じゃない。神格の組み込みは、既にいくつもの成功した事例がある。九尾。エンタープライズ。虎人。それらのデータを貰って、今おじさんたちは手術のプランを組み立ててる。
だから、ね?」
「うん……」
ペレ―――この、人類側神格最強のひとりとも言われる少女が保護されたのは遺伝子戦争期のこと。それまでの彼女は、単身で眷属を狩っていたのだ。本名不明。神格名不明。出身地不明。肉体的特徴からミクロネシア系ではないかとの推察があるだけだった。本人は一切語らない。語れないのだ。ペレに言葉は通じない。脳の言語野が、別の機能を持つ神経細胞に置き換わっているからである。ペレという名前は彼女が初めて大々的に活躍したハワイ周辺の伝承に残る、女神の名前からつけられた通称だった。彼女の巨神のデザインから、恐らく実際に同系統の神話をモチーフにしたのだろうということは確実視されてはいるが。
彼女の脳と神格を調査した結果わかったわずかな情報から、ペレの神格はかなり古い―――下手をすると遺伝子戦争の数十年以上前に作られたものであること。恐らく人間を眷属に作り変える技術がまだ過渡期のころの試作品だろうということ。ペレ自身も四十歳を超え、五十代であろうこと。本来戦闘に投入されることはないはずだったが、戦争の激化で実戦投入されたのであろうこと。その過程で神々に反旗を翻したのだということ。
それらが推測されるのみだった。
もはや故郷がどこなのかも判らない彼女を引き取ったのがモニカだった。戦争中に縁があったからだ。モニカ自身、戦前。地球に偵察に来た神々に連れ去られ、眷属とされて長い間自由を奪われていたからでもあった。家族と再会できたのは奇跡と言っていいだろう。
笑顔を浮かべるペレに、複雑な視線を向けるふたり。
「おじさんを信じなさい。無茶苦茶はするけど、こういう事に関しては信頼できる男だから」
「うん」
やがてゴールドマンが、続いて仕事を終えた家人が戻り、夕食が始まった。
皆がリスカムの料理に舌鼓を打った。
―――西暦二〇二三年。遺伝子戦争終結から五年目、モニカが神格となって九年目の年の出来事。
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