冥界のほとりにて

「知性強化動物にも、魂ってあるのかな」


【静岡県 墓苑】


どこまでも続く、赤茶けた丘陵だった。

規則正しく敷かれている四角いプレートは無機質な墓碑。

霊園。それも先の戦争の犠牲者を弔うためのものだった。

「どうなんだろうね。わかんないや」

「そう」

「人間だってわかってないもの。魂があるのかないのか」

「うん」

都築静香。都築燈火。

ステンレスのプレートに刻まれたふたつの名前。

それを見下ろしていたのは刀弥とはるなだった。父も駐車場に車を置けばすぐに来るだろう。

殺風景な墓地であった。先の戦争では地球人口の七割近くが失われたと言われている。神格をはじめとした神々の超兵器による被害も大きかったし、緒戦では多数の人々。一説には数千万から億に届く数が連れ去られたとも。

それ以上にダメージを大きくしたのは物流の分断だった。交易で成り立っている人類文明は、その流通網をズタズタにされ、壊滅的被害を被ったのである。飢え。疫病。寒さ。2年に渡る戦争は、本来ならば死ぬ運命にない人々を多数死に至らしめたのである。

誰の隣にも死があった。

現在、人類文明が一つにまとまっているのは奇跡とも言えるだろう。失われたもののあまりの大きさは、本来であれば文明の瓦解を招いていてもおかしくないものだった。

神々のテクノロジーがなければ。

遺伝子戦争で人類が手に入れた科学技術と、そして巨大すぎる被害。この二つは、皮肉なことに人類間の格差を小さくし、そして一つにまとまる原動力ともなった。戦後急速な復興が進んでいるのもその事実あってのことだ。

もっとも、取り残されている場所もある。この墓地のような。

ここにはかつて街があった。たった一本の槍が突き立つまでは。

今はもう、何もない。時折訪れる、刀弥達のような墓参りの客と、そして死以外には。

並んでいる墓碑が無機質なのもやむを得ない事だった。あまりにも人が死にすぎた。

もっとも、刀弥の家族。母と弟は、この墓の下に眠ってはいないが。

「僕らはあの日、神戸にいた。ポートアイランドの理化学研究所に務めてた父さんは出張でいなくて、そして弟―――燈火と僕は遊びに出かけたんだ。春休みだったからね。母さんとは朝出かけた時以来会っていない」

刀弥の語り。それをはるなは、静かに聞いていた。

「門が開いたのはまだ遊んでるときだったな。丘の上にある公園にいたけど、そこからでもはっきり見えた。門の開くところが。何キロもある、碧の円が広がっていくんだ。綺麗だったよ。

そして、神々がきた。神格だ。最初に見たのは黄土色の武神像だった。日本神話に出てくるような。何十メートルもある巨体が街の上空に飛んできた。僕も燈火も目が離せなかった。

そいつは剣を抜いた。かと思えば、全身が波打ち出したんだ。まるで液体。いや、ゼリーがぶるんと震えるみたいにね。それはやがて大きくなり、そして揺れが襲った。音響攻撃。全身から発した音波を都市全体の建物の固有振動数と同調させて増幅していたんだ、と知ったのはそれからずっと後のことだよ」

淡々とした語り。当事者だけがなしうる、鬼気迫るものがそこにはあった。

「やがて限界が訪れた。街の建物が次々と崩落していったんだ。しなかったものもある。生き残った人は外にみんな外に出ただろう。

そして彼らも見上げることになった。神々を。

いつの間にか、神像の数は増えていた。少しの間を開けて、黄土色の巨神の攻撃は再開した。今度こそ、建物という建物が失われたんだ。人間を追い出すためにやったんだよ。

控えめに言って地獄だったよ。二つ目の神像が槍を振り上げた。すると空を暗雲が覆ったんだ。そして、街を取り囲むように雷が落ちた。まるで魔法のように。

そして聞こえたんだ。“生き永らえたければ、我らの下へ集え”ってね。そして雨が降り始めた。そんな状況でも奴らの姿はよく見えたよ。光り輝いてたから」

「……」

「携帯は通じなかった。家に帰ろうとしたけど無駄だった。瓦礫が道を塞いでいたから。

かといってその場にいることはできなかった。雨で凍え死ぬから。

僕にはどうしていいかわからなかったけど、燈火は違った。僕の手を引っ張って走り出したんだ。神々と反対の方へね。けどそれもすぐに絶望に変わった。

街の外周。地面が何十、何百メートルもブロック状に隆起したからだ。退路を絶たれたんだよ。分子運動制御型神格の力だった。やがてひとり。ふたり、と歩き始めた。そうなると早かった。群衆が門目掛けて歩き出したんだ。恐ろしい光景だったよ。

万策尽きた。そう思ったけど燈火はそう思わなかった。あいつは正しかった。道という道は塞がれてたけど、山の中という選択肢は残されていたから。豪雨の中、真っ暗な森へ入る気があるならだけどね。

けれど失敗した。異形の兵士たちが、街の外を取り囲んだからだ。

僕が初めて見た神々だった。羽毛に包まれた顔。後頭部からは鬣のように髪が伸びている。嘴を持ち、頭部は全体的に、鷲に似ていた。やつらとやつらの指揮するロボットたちは、僕らみたいな諦めの悪い人間を追い立て、捕まえた。僕がそうならなかったのは燈火のおかげだ。あいつはこう言った。『僕が囮になる。刀弥は隠れてるんだ』。

昔からよくできた弟と駄目な兄貴だった。けどあんな時まで格好付けなくてもいいじゃないか。

結局燈火は捕まり僕は助かった。偵察に来た陸自。姫路の部隊だったかな。その人たちに保護されたんだよ。その後は色々あった。母さんの実家のある静岡までなんとかたどり着いた。お婆ちゃんと一緒になんとか生きてたら、父さんが、それから何ヶ月も経ってから迎えに来たんだ。奇跡としか思えなかったよ。父さんは今の場所で研究をしてた。神格のね。

あっちに移り住んでからしばらくして、お婆ちゃんが亡くなったのを知った。この場所に住んでたんだ。お婆ちゃんは元々のお墓の方に弔ってる」

「……」

「僕は信じられないくらいついてるんだろうな。まだ生きてる」

そうして、少年の語りは終わった。

はるなは。もはや少女と言っていいまでに成長した知性強化動物は、最後まで無言を通した。

やがて都築博士も遅れてやってきた。一家は、死者の冥福を祈り、その場をあとにした。




―――西暦二〇二一年。静岡県の霊園にて。都築燈火が神々によって放棄された門の修復を開始した年、盆の出来事。

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