肉体は要約の達人

「反抗期だな、ありゃ」


【都築家】


「反抗期?知性強化動物にも反抗期はあるの?」

「そりゃああるさ。はるなは思春期だからな。反抗期も、知性の発達には必須なんだぞ」

昼食時のことだった。

いつもはともに食事をとるはるなが、「お部屋で食べるの」といって引っ込んでしまったのが事の発端である。刀祢特製、野菜たっぷりの醤油ラーメンを持ってリビングから出て行ってしまったのだった。

それを見た刀祢の問いへの、都築博士の返答がこれだった。

「もともとあの子たちの体は急速に成長している。それに慣れる速度は個人差があるが、第二次性徴が始まったことでこれまでとは異なる変化が起きているんだ。体が子供から大人になりつつあるんだな。それに戸惑い、羞恥心も芽生えてくる。心の成長が追いついていないから、今の自分を受け入れられないんだな」

「そういえば、子供を生めるって言ってたっけ」

都築博士は頷いた。

「肉体の状態は決断の助けになる。というより、人間は体がないと決断ができないんだ。あの子を女性性に作ったのもそれが理由だな。人間的な思考をするには人間的な肉体が必要不可欠だったのさ」

「脳だけじゃダメってこと?」

「その通り。私たちは常に理性と感情の二つの間で決断を下しているが、このうちの感情に、体の状態は大きく影響を与える。そうだな。例えばふたりの受刑者が仮釈放委員会に出席するとしよう。ふたりの刑期も罪状も同じ。違いと言えば、判断を下す委員会が昼食前か、昼食後になっているか。くらいのものだとしよう」

「うん」

ラーメンを口に運ぶ父子。

「昼食後の委員は、寛容な結論を下す傾向がある。空腹な委員と比べれば、最大で65%もね。何故だか分かるかい?」

「おなか一杯だから?」

「正解だ。

体の状態。この場合なら、食欲が満たされている、という事実によって物事の優先順位が変わったんだな。生物学的な必要性によって大きく変わったんだよ。

おなか一杯で、物事を決めるだけの体力が十分に残っていたんだ」

「なるほどなあ」

会話が進む間にもラーメンは減少していった。代わりに刻まれた肉や、白菜、ニンジンなどの野菜が目立ってくる。

刀祢は立ち上がると、炊飯器のほうへ。ラーメンがなくなり汁だけになった器へ残り物のご飯を入れる。いわゆるラーメンライスである。若者の食欲は無限大だ。

「意志力は有限だ。判断すればするほど、脳のエネルギーが減っていくわけだな。だから食事でエネルギーを補充すれば、決定のための意志力も回復する。

食事だけじゃない。緊張や興奮。渇き。喜び。手を握れば汗ばむこともあるだろう。あるいは、瞳孔が拡大しているかもしれないし、腸がゆるくなっているかもしれない。脳は命令を出すだけじゃない。それらの器官から送られてきた情報を受け取っている。これらの情報は、急いで決断するときにはとても役立つんだ。郵便配達員が家の入口にいる猛犬にしり込みしたときみたいな状況には特にね。

体は、状況を要約してくれる機能があるんだよ。

九尾が女の子なのもその辺が理由のひとつだ。もちろんそれだけじゃあなくて、体の発達やその他いろんな部分に絡んでいるから、というのもあるがね。そもそも生物は生殖をするものだ。健全な発達を望むなら、その機能を迂闊に取り除くのは好ましくないんだな」

「女の子、か……

はるなは誰かを好きになったりするの?」

「ああ。どういう選択をするかはまだ分からないが。そもそも異性愛者かどうか。同性愛者かもしれないし、それらの枠に囚われない可能性も考えられる。この辺りは時間をかけて判断していくしかないが、人間をパートナーに選ぶかもしれない。とは考えておいてくれ」

「そっか」

刀祢は、残るスープをご飯と共にかき込んだ。美味かった。育ち盛りの若者が欲するすべてが、ラーメンのスープにはある。

「ご馳走様」

「うむ。今日は父さんが洗っておくよ」

「分かった」

食事を終えた刀祢は、自室へと引っ込んだ。はるなが顔を出したのは、それからしばらくしてからのことだった。




—――西暦二〇二一年。九尾級神格完成の半年あまり前。知性強化動物の婚姻等に関する諸権利が法整備された年の出来事。

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