考えるな、感じろ

「武術家は師匠に考えろ!と言われる。彼らが何千何万とおなじ動作を練習するのは、考えずに動けるようになるためなのにな」


【埼玉県 防衛医科大学校付近 市立小学校】


「なかなかうまく行かないもんだね」

「脳みそは分業制なのさ。仕方ない」

グラウンドを占めるのは大勢の子供たちとその保護者であり、トラックを取り囲むように配置されているのは観覧席。テントの下には来賓席や放送席があり、周囲には様々な器具が置かれている。

運動会だった。

それもただの運動会ではない。人類史上初めての、知性強化動物が参加する運動会だ。人間の子供と一緒に走ったり、競技をするのである。「危険はないのか」「大丈夫なのか」などの声を打ち消すのに都築博士を始めとする研究者たちや政府関係者が苦心した成果である。

もっとも、そんな心配など小学生たちに取り囲まれた知性強化動物たちの様子を見れば吹き飛んでしまうに違いない。体操服に身を包み、低学年3クラスに4名ずつ分散した彼女らは、獣相を度外視すれば小学生そのものだ。

それを見る、都築博士ら関係者数名がいるのは来賓席。

「例えば歩く。人間は簡単にやってのけるように見えるが、意識するととたんに動かし方がわからなくなる。歩けるようになるまでは、考えながらやっていたのにな。考えると効率が悪いしのろまになるんだ。

けど、それを繰り返すうちに動作を脳は記憶する。スキルが無意識に焼き付くわけだ。ブルース・リーも言ってるだろ。考えるな。感じろって」

「あれってそういう意味だったんだ」

刀弥が得心するのに都築博士は頷き。

「運転だって計算だって無意識にできるようになる。考えずにできる段階まで行けば最適化されてエネルギー効率は著しくアップする。脳の負担は減るわけだ。逆に考えるのはエネルギー効率は悪い。最適化されてないからな。

だから人間、なるべく考えないでやりたがるように出来てる。元来めんどくさがりなんだ。

だからこそ、学校で体育の授業があるわけだ。体の動かし方の訓練だな」

「なるほどなあ。

志織さん、神格の場合はどうなんですか?スキルや知識が脳に焼き付けられるって聞いたんだけど」

刀弥から不意に問を投げられて、居合わせた志織は苦笑した。

「そうね。確かに考えなくても出来るけど、訓練はやっぱり必要。だって意識の方が、自分は何が出来るか把握してないから。慣れるまでかなり苦労した記憶があるわ」

「そんなうまくはいかないんだ」

「まあね。

さ、刀弥くん。はるなが待ってるわ」

「うん。行ってきます」

生徒席の方へ走っていく刀弥を見やり、都築博士は口を開いた。

「すまないね。息子が不躾なことを聞いて。

ひとつふたつしか年の離れてないお姉さんみたいな感覚なんだろうな」

「いえ。腫れ物みたいに扱われるよりずっと、気が楽ですから」

志織の肉体年齢は十八歳。四年前、神々によって作り変えられた時より止まったままだった。この先何十年、いや何百年経とうとも、その姿が変わることはない。

「人類は不老化技術を人間に採用することはないでしょう。神々の失敗を知っている以上は」

「確かにそのとおりだ。種全体としてのリスクが大きすぎる」

神々の世界が荒廃した理由は、その高度なバイオテクノロジーの濫用にある。彼らは自分たちの肉体を強化し長命化した。のみならず、惑星全体を改造したのである。その結果、星そのものが死滅の危機に瀕している。神々自身を含む、あらゆる生物がその生殖能力を著しく退化させていたのだ。

そもそも神々が地球に侵攻した理由のひとつがそれだった。惑星の生態系が死滅するなら、新たな生態系を移植すればよい。子孫が生まれないなら、今生きている者たちを延命すればよい。

「彼らは再来するだろうか」

「分かりません。必要なだけのものは奪い取っていったはずですが」

「うむ。だが、備えは必要だ。我々はこの世界の外側に、悪意を持つ者がいると知ってしまったのだから。孤独の時代は終わった。

だから、力を蓄えよう。あの子達のために。これから産まれてくる、人類すべてのために」

「はい」

ふたりの視線の先で、競技が開始された。




―――西暦二〇二〇年。焔光院志織が神格となって四年、人類が不老化技術を実用化して三年目の出来事。

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