memory!

@vancho

第1話 彼女の青春の1ページ

俺は、リビングの椅子に一人座り、

薄汚れた大学ノートの表紙・・・「日記⑥1974年1月15日〜」

と記してある・・・を見つめている。


他人様の日記を盗み見るのは気が引けないとは言い難い・・・

 が、ウェブで個人日記やつぶやきなんかを公開することが流行ってる昨今は、最早当たり前のことだろう・・・

などと自分に言い聞かせ、表紙をめくる


そこには丁寧な文字が並んでいて

几帳面なあの人らしい・・・

と思わず笑みがこぼれる

さて読み始めるか・・・

椅子を座り直すと


「何やってるの?」

と、少し険のある声が背中から刺さってくる


振り向くと、ポットを持ち喪服姿に簡素なエプロンを巻いたおばさんが立っていた


あまりかかわると面倒くさいので

「日記読んでる」

とだけ愛想なく答える


「日記?誰の?」

やはり食いついてきてしまった。


かかわって欲しくないから出来る限り簡単に答えたのに、そんな俺の思惑なんかは全く度外視してくる。

これ以上、おばさんに食いついてほしくないから 俺の持ちうる全ての能力をフル活用して会話を終わらせにかかろう


「母さんの日記。押し入れ整理してたらごっそり出てきたの」


と、言いきりおばさんから目をそらし再び日記に目を落とす。

あなたの知りたい情報はすべて与えたでしょ。俺はこれから母さんの日記を読むのに忙しんです。これ以上かまわないで。


「あんた乙女のプライバシーを盗み見るって言うの?」

俺のプライバシ―にはずかずか入り込んでくるくせに、何言ってるんだ?

「美結さんのお棺に入れておきなさいよ」

口答えして余計にめんどくさくなる前に適当に返事をして席を立つ俺・・・


おばさんは、俺を見送りキッチンに行こうとする

ふと思い立ちおばさんに一つ尋ねてみた

「ねぇ、昔ってさどうだったの?」

「そんなの聞いてどうするの?」とおばさん

「母さんどうだったのかと思ってさ」と下手に嘘はつかずに素直に聞いてみた。

おばさんはキッチンに半歩踏み込んだ足を止め

「昔?昔かぁ…昔ねぇ」

と、意味ありげに眉をひそめ手にしていたポットをテーブルに置く「以前、ここは下宿をやっていてね、美結さん管理人頑張ってたなぁ…それに比べてあんたと来たら。」


なぜ話の矛先が全部俺に来るんだ…?

俺の話はいいから母さんはどうだったのさ

「そんなことより片付け手伝いなさい。あんたのお母さんのお通夜なんだからね。息子のあんたがしっかりしなさいよ」

と、おばさんはそそくさとポットを手に持ち逃げるようにキッチンに向かってしまった。

・・・なんか変に気を使われたのかな・・・

確かに女手一つで俺を今まで育ててくれた母さんが急に亡くなったのはショックだけど、正直実感わかないってのが今の俺の気持ちだ。

母さんとおばさんはずっと仲良かったし、それこそうちが下宿をやってた頃からの付き合いらしい。俺が生まれてからもずっと面倒をみてくれたのも確かだけど、世話焼きにもほどがあるってうんざりしたこともいっぱいある。


でもこうやって母さんの葬式で俺がのんびりしてられるもの、おばさんとおじさんが色々と手を焼いてくれからに間違いはない。

さてまた小言を言われる前に片付けでもするか・・・と席を立つ。


ふと手にした日記が気になった

チョットだけ読んでみようかな。おばさんには悪いけどちょっとだけ。

椅子に座りなおし表紙をめくる

丁寧な文字が並んでいる

『一月十五日

年明けの喧騒がひと段落し、

町が晴れ着姿の成人で溢れかえる今日。私はここ松竹梅荘の管理人になりました。

今日から私の青春がここで送られます。』


「…母さんの青春時代…か…」


とふいに電話の呼び鈴がなる。


こんな時間にいったい誰だ?

と訝しがりながらも電話へと向かう。

すると電話のコール音が電子音から旧式の呼び鈴に音が変わった・・・

戸惑いをながらも受話器を取り、


「もしもし・・・」


と相手を探る


「はい、松竹梅荘です」


と明るく快活な女性の声が響いてくる

テーブルの日記が風もないのに凄い勢いでめくれ始める

寝室・・・以前は管理人室だった部屋から、

母さん・・・若い時の母さんが現れ、

二階からは知らない男女が喧々囂々と現れて、部屋を模様替えしていく。


そうそこには俺が生まれる前・・・

うちが下宿をやっていたころ・・・

松竹梅荘だったころに様変わりしていった。



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