我が身を抓って人の痛さを知れ
@haruka1007
1. 日常に潜む陰
「祥吾!待ってたのに!唐揚げ揚げちゃったじゃない。もう、帰ってくるの遅くなるならご飯いらないって連絡してよ。」
玄関を開けたらいきなりリビングから走ってきた母に叱られ、祥吾は面食らった。
金曜の夜。部活帰りにいつも友人の智也とラーメンを食べて帰ってくるのが習慣になっている祥吾は、いつも通り智也と部活後にロッカーで着替えを済ませ、ラーメンを食べながらたわいもない会話をして帰ってきた。時刻は夜の八時半。なんてことはない。帰宅が遅いと叱られるような時刻じゃないはずだ。金曜日はこうして祥吾が智也とご飯を食べて帰ることを母も承知しているから、普段から祥吾の分の夜ご飯を作らない。それなのにどうして今日は怒られなくてはならないのか。祥吾は母がどうして怒っているのか分からなかった。
「連絡して、って言われても。…金曜はいつもご飯友達と食べて帰ってきてるだろ? いつも連絡なんかしてないじゃないか。どうして今日は俺が家で食べることになってるんだよ?」祥吾は野球の道具の入った鞄を置き、靴を脱ぎながら母に言った。母は憤慨した様子でリビングに戻ると、スマホを手に持って戻ってきた。
「あのねぇ!祥吾こそ何言ってるの? あんたが今日は部活がなくなったから家でご飯たべるって言ってきたんでしょう!? 」
母が差し出したラインの画面には確かに自分から母宛にメッセージが送られていた。〝今日は部活もないし、すぐ家に帰る。晩飯よろしく〟何度見ても自分のラインのアイコンで間違いなかった。しかし驚くことに、祥吾にはそのような連絡をした覚えがなかった。今日は普段通り部活があったし、いつものごとく部活が終わった帰り道に智也とラーメンを食べて帰ってきたのだ。スマホを触る時間などなかった。
「そっちこそ何言ってるんだよ。俺、ラインなんか送ってないぜ」
祥吾は眉間に皺を寄せつつ鞄からスマホを取り出した。メッセージなんか送っていないと、母に証拠を突きつけるために母とのラインの画面を開く。画面を見た祥吾は危うくスマホを落としそうになった。目を見開いたまま画面を凝視した。なんと祥吾のスマホにおいても母の画面に送られていたのと同じ文章が打ち込まれていたのだ。これは一体どういうことだろう。固まった祥吾の手元の画面を覗き込んだ母はほら、といった顔をした。
「なんだ、やっぱりラインしてるじゃない。お母さん間違ってないでしょう? まったく、とぼけたこと言わないでよ。」
祥吾は訳が分からなかった。自分の送った覚えのない文面が母親に送られている現実に納得できるはずもなく、携帯が壊れているのか? とも思ったがそう考えるには文章がかみ合っているし、何よりこの前買い換えたばかりなのだ。故障しているはずがない。仮に不良品だったとして、被害者が母親に限定されているのはおかしいし、文章の筋が通っているのもおかしい。単なる故障というには、誰かの悪意があると感じざるを得なかった。
「これは俺じゃない」
気づけば小さく手が震えていた。
「母さんにラインしたのは俺じゃない。」
真っ直ぐに目を見て言ったけれど、母は取り合ってくれなかった。
思えばそれからだった。
妙なことが立て続けに起こり始めたのは。
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