我が名はテレパシー②
名前とは裏腹に小柄な体躯。 強ノ助(ゴウノスケ)は小走りで駆け寄ってくると、肩をバシバシと叩きながらにこやかに言った。
「よッ! 今日は英語の小テストがあるんだろ? いつもの以心伝心を使って、俺に解答を教えてくれよ!」
慣れ慣れしく、朝っぱらからの大声に久遠的には辟易している。 能力を知られたことは消し去りたい程であるが、そのようなことは久遠にはできないのだ。
―――大容量の情報を送って、記憶を消し飛ばしたりとかできたらいいんだが。
試したことはないが、おそらくは不可能だろう。 特に強ノ助に応えることもなく、スルーしながら正門を潜り抜けてはみたが、彼はずっと付いてくるのだ。
しかも、ずっと背中を笑顔でバシバシと叩いてきていた。
―――痛い痛い。
―――小柄のくせに馬鹿力とか。
―――力も頭も馬鹿だなんてどうしようもないな。
久遠は彼のことを“馬鹿”と呼んでいる。 人に対して失礼な呼び名ではあるが、実際にそうなためどうしようもない。 あまりの酷さに天然なのか故意なのか、分からなくなるくらいにおかしな言動をする。
―――どうして解答を教えなければならないのか。
―――というより解答を教える能力ではなく、単に俺の思考を送るだけ。
―――そもそも以心伝心ではなくテレパシーだ。
―――馬鹿と以心伝心なんてしたくもない。
馬鹿は日常的に久遠のテレパシーを指すように“以心伝心”という言葉を連発する。 だが彼が馬鹿なのは皆知っているため、周りは彼の言うことを信じないのだ。
だから結果的に久遠の超能力はバレずに済んでいた。
―――毎日となると流石に鬱陶しいな。
―――そもそもどうしてこうなったんだ・・・?
久遠はテレパシーのことを周りに明かすつもりはないため、本来ひっそりとした日常を送るはずだった。
過去の経験からもそれが最善だと分かっていたし、普通な友達の一人や二人自力で作れると思っていた。 しかし、それが儚く終わったのは三ヶ月前。
朝学校へ着き靴箱から上履きを取ろうとかがんだ時に奇妙な光景を見た。 まるで左右の足が身体を引き裂くかのように動き出しそうな靴の並び。
あまりにも無理矢理左右逆に履かれているそれ各々に『強ノ助』と書かれている。
「ん? 何俺の足元をジロジロと見てんだ?」
声の主は靴の持ち主の強ノ助なのだろう。 靴に視線が釘付けのまま固まった久遠を見て、本人も気付いたようだった。
「あれ、左右逆じゃねぇか! ・・・まぁいいか、履き心地は変わらないし」
まだ強ノ助の顔は見ていないが、その発言だけでも呆れるに値した。
―――いや、歩きにくそうだったぞ。
―――というか馬鹿なのか?
上履きを取り上半身を上げると、更にとんでもない光景に遭遇する。 強ノ助の制服の身体の前面にボタンが全く付いていない。 つまり制服も裏表逆で着ているのだ。 靴ならまだ分かる。
いや、分からないが、制服を逆向きで着るなんて有り得るのだろうか。
「・・・」
流石に呆れて突っ込みの言葉すら出てこない。 身体を張ったギャグであるなら理解できるが、そのようなことをするメリットがあるとは思えなかった。
「ん? 何俺の身体もジロジロと見てんだ? 鍛え抜かれた腹筋に目が涙の噴水でも上げているのか?」
そう言って今度は自分の身体へ視線を移す。 “涙の噴水ってキモイな” などと、久遠は考えていた。
「おぉ! 制服も逆じゃねぇか! よく気付いたな、久遠!」
自身の名前を知っていることから、クラスメイトに強ノ助がいたことを思い出した。 ただこれまで一切交流したことはないのだ。
―――気安く俺の名前を呼ぶな。
馴れ馴れしく肩も叩かれ、思わずやってしまう。
『というか、やっぱりコイツは馬鹿だな』
「あぁ? 誰が馬鹿だって!?」
―――・・・あぁッ!
―――しまった・・・!?
―――間違えてテレパシーを送ってしまった・・・ッ!
そんなこんなでコレ以来、久遠は強ノ助に気に入られてしまったのだ。 そして、友達の一人や二人できるという目標もすぐに実現した。 ただし“普通な”というのは外れてしまったのだが。
―――まぁ、俺の失態というわけか。
―――仕方ないな。
さて、現在に戻り見ているだけで疲れてくる強ノ助に向き合わねばならない。
「おい久遠、聞いてんのかー? ちゃんと解答を送ってくれよー?」
言い続ける彼のことは無視し教室へ向かい、そのまま席に着いた。 それでも強ノ助はまだ付いてくる。
―――ここまで来るのか。
―――流石にしつこいな。
久遠はイヤホンを取り出し耳に付ける。 流石にこうまですれば諦めるだろう、なんてことは全くなかった。
「お? 何を聞いてんだ? 新曲か?」
―――話を切り替えるのが早過ぎだろ。
強ノ助は席の前にやって来る。
「なぁ、俺にも聞かせてくれよー!」
―――止めてくれ。
―――一緒のものを共有するとか、馬鹿が移る。
手を伸ばしてくる強ノ助をかわしていると、久遠のもとに一人のクラスメイトの女子がやってきた。
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