第25話 浮島は何故に潰えるか?

「空間に干渉波を感知。これより観測魔動器による精査を開始します」


 緊張の色を濃くする魔動器操作官の声が、水を打ったように静ずまる中央守護職室に響く。操作パネルに応答する魔動器の反応をやけに遅く感じながら、皆が中央モニターに写し出されていく画像を食い入るように凝視していた。


「干渉波は重層混成と確認、同時に分離に成功しました。得られた識別反応は黒、規模は黒点の欠片2端。対象は黒魔術師である確率が99.998%です!」

「そうか。やはり来たか、黒魔術師。だが諸君、慌てることはない。この日の為に入念に準備を進めてきたのだ。作戦通りにすれば黒魔術など敵ではない。では、手筈通りに事を進めよう」


 その言葉を激励に変えて各自が自分の作業を開始していく。先程の魔動器操作官がモニターから伝えられる数値を再三に確かめて、ツチダに分析結果の続きを報告する。


「黒魔術師の現出まで6分です。誤差は前後0.001秒、現出場所は黒点の欠片2端の東。狙い通りに都市の上空900テリテです」

「よし。都市魔法『先鋭槍ファドル』を黒魔術師の現出と同時にぶち込め。それから、ミハイロフ。住民の避難はどうなっている?」

「はっ。都市住民は第一から第六までの避難区画に退避を完了させております。もちろん必要な物資も全て洩らさず。赤ん坊のおしめから老人の茶菓子までつつがなくであります」

「そうか。あとは恋人の語らいの時間まであれば申し分ないな」


 そう言ってツチダは守護職室の中央に立つ。それは制御式を構築するため。

 ツチダの作戦は簡単だ。黒魔術師と原典系譜を同時にペテンに掛け、僅かな時間を稼いで都市住民の長距離転移を行う。1秒たりとも無駄には出来ない。


「作戦段階のフェーズ2を確認。これより中央結晶石からの都市区画へのエーテル輸送を遮断。成功しました。フェーズ3の都市魔法にはエーテル貯蔵庫からのエーテルを用います。‥‥‥接続は完了、安定しています。ツチダ守護職、秒読みは何秒から開始致しますか?」

「180秒から行え」

「都市住民に長距離転移を伝達。各避難区域の混乱は軽微、各守護部隊は防御魔術を展開中です」


 通信手から都市住民の状態が知らせられる。それらの報告を聞きながら、ツチダは六律系譜の制御式を両手に描いていく。ツチダは六律の六属性の全てを扱える稀有な存在であり、その魔術・魔法の実力も申し分ない。ただ彼自身は武官というよりは文官の色合いが強いと公言しており、六属複合魔術もそれに応じたように支援術や防御術が大半を占めていた。そのため不足する攻撃力には、彼の秘書たる地位にいるミハイロフが担当している。ミハイロフはその強靭な肉体をもって最前線での獅子奮迅の働きをしているのだった。

 ツチダが行うのは六属複合魔術『幻彩』、それに加えて天律から授けられた先天性の唯一無二の天恵アルタ―――ツチダの場合は『現構築』、この二つを掛け合わせて対黒魔術師の足止めとする。

 『幻彩』は幻影を創り出す複合魔術。それは六属性の全てを使って、偽りの世界を現わすもの。生物及び無生物を問わずにその虚ろなる世界を『幻彩』によって構築する、ツチダの奥の手だ。しかし、欠点もある。幻影は実存強度を有しない点において現実の世界に遠く及ばない。所詮は幻影であって蜃気楼のようなものでしかなく、その幻影からの放たれる攻撃も偽りだ。最初の一撃で敵を驚かせる程度のものだが、ツチダはこれに手を加える。この虚に実を混ぜるのだ。だからこその天恵アルタであり、この『現構築』がツチダの幻影の肝として機能するのだ。この『現構築』が虚に実を与える能力。幻影に実存強度を与えて実在となる。実在とするのは幻影が繰り出す攻撃そのもの。これによって、ただの虚仮威こけおどしの攻撃が油断ならない攻撃に激変する。黒魔術師に対する攻撃は虚なのか、それとも実なのか、その全てに対応しなくてはならなくなるからだ。

 ただエーテル消費が激しいのが問題だが、この作戦の為に都市の各エーテル貯蔵庫には潤沢のエーテルが蓄積されている。敵を招く準備は既に完了していた。


「黒魔術師が戦うのは俺と同程度の実存強度を持つ幻影。それら百体のまぼろしと踊るがいい」


 ツチダはさらに魔術を構築する。


「六律死属・制御体系圧縮アンギラス起動。並びに自己回帰組織の演算構造ブリハティを改変する」


 六律死属の操作中心点は『死』、その派生が『思考』であり、効果概念は『変化』、そして補完は『停滞』である。複数の魔術を同時処理を行うには自身の能力の底上げが必要だ。制御式を演算する能力基礎を大幅に拡張させて、さらにツチダの魔術構築は続く。

 六属複合魔術『幻彩』の構築。それは6つの制御球が緻密に合成させる難解な制御式。その制御式がツチダの居城がある都市のいたる所にツチダの制御球が生み出され、それを中心に輝く円陣が描かれていく。彼の耳に秒数を数える声が力強く聞こえ始めた。「60秒、59、58‥‥‥」誰もが息をのみ、中央モニターに写し出されている黒点を見つめている。守護職室を緊迫した空気が支配しているが、それは絶望ではなく作戦が着実に実を結びつつあるという期待が不安を静寂に変えているのだ。

 彼らが見守るなかで、都市魔法『先鋭槍ファドル』は黒点に照準を定めて、エーテルを制御式に充填させていく。その様子に見守りながら、次の作戦の展開を始めなければならない。

 都市魔法が最終段階に入っていくのに合わせて、ツチダは百体の幻影を創り出し、都市内に潜ませていく。ツチダの幻影は実存強度の保有を切り替えることができる。それが本作戦の要といっていい。虚実織り交ぜた攻撃によって、時間を稼げるだけ稼ぐ。そうやって作り上げた混戦呈する戦場を持続させることで、浮島から長距離転移していく住民たちを守る。いずれ撤退戦だと敵にバレてしまうことだが、それまで持てばいい。あとは系譜離脱のための制御式を中央エーテル結晶石で稼働させるだけだ。


「都市魔法『先鋭槍ファドル』のはどうなっている?」

「現在、都市エーテル貯蔵庫3番から10番までを充填中です」

「よし。それなら『先鋭槍』は完全に成功するだろう」


 系譜原典から離脱するには領域魔法による切断が不可欠。だが、ツチダは未だ領域魔法を手にする段階に至っていなかった。それでも原典系譜の裏をかくにはそれを可能にしなくてはならない。そのための準備はツチダの指示のもとに部下がやり遂げてくれた。現在、黒魔術師に対して稼働している都市魔法のほかに、その裏で密かに作り上げていた都市全域にめぐらした都市魔法制御式―――六律火属・領域魔法『三毒覇耶』。これこそが系譜原典との繋がりを断つための刃だ。

 ツチダは都市魔法の稼働状況を見つめる。が、体を貫く違和感を感じた直後に、


 すべての都市機能がダウンした。

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