第19話 聖霊契約。天則者(あまつことわりのもの)を呼べ。

「シュルツ様、準備が整いましてございます。それでは聖霊召喚を実行致しますので意識を集中して下さいませ。そして『一番大きな輝き』を見つけましたら、それが聖霊でございます。その聖霊を自らの元に来るよう訴えて下さい」


 ユリは領域魔法を発動する。幾多の立体制御式が立ち上がると同時に補助魔術がシュルツを中心にして組み合わさっていく。「ユリちゃん。すごい」ココが感嘆の声を上げ、展開されていく制御式に目を奪われている。「ココ。もう少し下がるべよ。近くにいると危ねえべ」いつの間にかペルンがココの隣にいた。ココは伏目がちに呟く。「私が聖霊召喚の制御式を描けたら良かったのかな」「何言ってやがるよ。ココは魔動器を作製できるっていう特別があるべさ」ペルンがそう言うとココは大きな瞳でじっとペルンの言葉を噛みしめて、微かに口元を綻ばせるのだった。

 ユリの張りのある声量が一段と高く響き渡る。


「六律が系譜に問う。我が聖霊『麒麟』の呼びかけに応じ、汝の器を原始系譜に開示せよ! 聖霊魔法・領域制御式「六律聖霊・身応ダルシャナ


 聖霊召喚陣が完成した。シュルツは自分の周りに天異界の空に輝いていた星々を身近に感じる。ユリの領域魔法は天異界に存在する上位次元の強者の力そのものをシュルツの眼前に示すもの。あとはシュルツの力量次第で大いなる聖霊との契約も可能になる。


「シュルツ様! 自分の感覚に従って聖霊を招いて下さいませ」


 その掛け声でシュルツはさらに意識を集中させる。もっとも明るく輝く星を探し出し、それに手を伸ばす。しかし、ノインが求めるその星はとても遠くて手を伸ばしただけでは到底届きようがない。が、必ず手に入れる! そう気持ちを強くして伸ばした左手は無意識に連樹子を紡いでいた。連樹子はシュルツの意思のままに紅い樹形を伸ばし、目的とする星を貫いた。シュルツは連樹子を巻き上げ無理矢理に引き寄せる。空間が軋み、ココの住まう浮島が震え始め、聖霊召喚陣が蒼く輝きだした。


 聖霊召喚が始まったのだ。

 浮島が割れんばかりの地鳴りを引き起こす。


「おい! シュルツ。浮島がぶっ壊れるべよ。俺の畑が潰れちまうべええ!」


 頭上の空が砕け、一匹の蜷局とぐろを巻いた超大な海蛇が雷撃の渦を引き連れて現出した。浮島を覆い隠すほどの大きさの海蛇が真っ赤な口を開け、雷撃が轟いた。聖霊魔術・複合Ⅲ式『氷雷』が浮島に降り注いたのだ。


「あー!! 俺の畑さ雹ば降らせやがって、ナトラで売りさばく俺の商品が駄目になっぺしたああっ。あんのウナギがっ!! はらわた抜き取って蒲焼さしてやんべー」


 山の頂から自分の畑を見下ろしていたペルンが地団太を踏み、上空の海蛇に暴言を投げつけた。その暴言が届いたのか、再度打ち下ろされた氷雷がペルン目掛けて襲い掛かった。だが、幸運にも寸でのところでユリが防御魔法陣を編み直撃を防いだが、雷撃が生んだ空気の膨張によってペルンと調理テーブルが、『ごろぴた5号機ちゃん』と共に吹き飛ばされてしまった。


「シュルツ様、まだ聖霊契約は終わっておりません! 儀式は継続中です。集中力を切らさないで! 自分の場所に引き寄せるようにして召喚陣に繋いで下さいませ」


 降り注ぐ雷撃のなかをユリはココを抱きかかえて、シュルツに指示を飛ばす。彼は言われた通りに頭上に君臨する巨大な海蛇を見据え、自分がいる陣に繋げるようにイメージした。左手の先から伸びる連樹子。その連樹子を海蛇にさらに幾重にも巻きついて拘束する。果たして身動きの取れなくなった海蛇は、シュルツの力に従うように召喚陣に近づいてきた。

 徐々に召喚陣に近づく海蛇。しかもその姿が陣に近づくほどに変化していた。

 召喚陣に間近に迫るころには小さな姿に変容し、それは艶やかな女性の姿―――年のころは17才の白群びゃくぐん(淡青色)の髪色をした女性がシュルツが居る聖霊召喚陣に降り立った。その足先まで伸びたウェーブのかかった髪が大海の波を思わせるようにうねり、赤い瞳がかっと見開かれた。その動作だけで周囲全てに衝撃波が放たれ、シュルツまでもその場に堪え切れず吹き飛ばされてしまう。


を呼んだのは、貴様か?」


 尊大な態度と高雅な姿は天異界の上位者としての威容をまざまざと表している。上衣とスカートを纏った服装からは手足が大きく露出し、その透き通った白い素肌は聖霊の特徴そのものを表していた。手の動きすらも女性の繊麗せんれいさを映し出している。

 女性の紅い瞳が召喚陣そばにいたユリを冷ややかに射貫く。ユリだけがその女性の力に抗い、その場に留まっていたからだ。ユリは胸元で抱いているココをそっと地面に降ろして、その女性に恭しく一礼をとる。


「申し遅れました。私はこの浮島の大樹の守り目を任ぜられているユリと申します。六律系譜の守護者であります聖霊―――海蛇の御姿、その強大な力、リヴィア様とお見受けいたします。此度の召喚に応じて頂き拝謝の極みであります。貴方様を召喚いたしましたのは私ではございません。彼方の少年でございます」

「ほう?」

「リヴィア様。その少年を良くご覧になって頂ければと思います」


 リヴィアと呼ばれた女性は地面に届く白群のウェーブの髪をなびかせて、シュルツを横目で見やる。リヴィアの瞳はココと同じく紅色に輝いているが、それに含まれているのは小者を見るかのような興味なき視線。だが、何かに気付いたらしく怪しく鋭い目つきに豹変した。


「なるほど。良く観れば面白い少年よな。確かにを呼ぶ入口を開いたのはユリであったが、其処な少年が吾をこの地に召喚したのに違いなかろうよ」


 終始シュルツから視線を離さずに語るリヴィアはなぜか戦闘態勢の姿勢を解こうとしない。だが強者の余裕なのか、彼女は自分を囲んでいる召喚陣に手を触れ、外に出ることを拒絶する陣を面白がるようにして笑っていた。


「少年。汝の名は何と言うのじゃ?」

「僕はシュルツ・ニーベルといいます。貴方のことはリヴィアさんとお呼びすればいいのですか?」


 シュルツの名を聞き、しかし、問いかけを無視してリヴィアは召喚魔法陣から手を離すと、ユリに問い掛けた。


「聖霊契約は途上であるが、さてどうしたものであろうな?」

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