第15話 朝日の温かさ。取り戻せ浮島の日常。

 互いに先の先を取り合う張りつめた一瞬に、上空から降り注いでくる少年の笑い声があった。ユリは体を動かさずにその気配を探る。観れば渦生が空をのたうち回るように飛び跳ね、悶絶とうめき声をきりきりと闇空にまき散らしていたのが分かった。訝しむもすぐに合点に至る。渦生はその腹から下が綺麗さっぱり失くなっていたのだ。


「空を飛び回るというのはこんなにも清々しいものなんですね!」


 渦生の腹を割ってシュルツの上半身だけが抜け出ていた。彼は連樹子を這わせた鉄杖で渦生を切り刻みながら嬉しそうに飛翔の喜びを味わい尽くしている。それに対して渦生は腹から飛び出た異物を振り払おうと懸命に体を丸めたりくねらせたりと藻掻く。しかし、意図した結果を手にすることは出来ず逆に体をズタズタに滅失され続けていたのだった。


「なんだ? なんだ、あれは?」


 思わず口にしたのは高位魔術師。渦生がシュルツを取り除こうと触手を伸ばし掴み上げようとした途端に連樹子を纏った鉄杖に滅失させられる。飲み込んではならぬ化け物を腹に入ってしまった渦生は悲痛な叫び声を上げた。

 戦場にいる高位魔術師がその異常な光景に戦闘中であることを忘失するのも無理からぬこと。鉄杖に『来訪者の異能』を常時発現し続けていることなど到底有り得ることではない。まして、なんらの大きな代償も負荷さえ受けた様子のない少年の嬉々たる姿に恐怖を覚えたのだ。


「あの力は異能そのもの。新たな来訪者が邪霊の元に下ったのか? いや、それよりも、なぜ発現し続けられる? これは至急に報告せねばならぬことだ」


 黒魔術師は転移魔術で移動しようとしたとき、その漆黒の制御式にユリの刺突が突き刺さった。


「お前はここで死ぬのだ。黒魔術師」


 修久利による刺突で高位黒魔術師の転移の制御式を粉砕し、そのままに蹴り上げる。そして闘気を刀に纏わせた。


「天を流れ堕ちるは世の理

 地に満ちるは悪欲の塵埃じんあく

 我が刀は凍華

 剣技一閃 陽黎白々ひれいはくびゃく

 天無尽『白陽連夜』!」


 天空の全てが凍り付き、それが高位黒魔術師の一点に収束していく。全てを凍らせ打ち砕く断絶の刃が高位黒魔術師の全身を粉々に斬り砕き、黄色い粒子に変えた。綿毛のように黄色の光となって天に昇っていった。

 その様子を見ていたシュルツもまた渦生を滅失させ尽くし、黄色の蛍火が舞う中を地上に向かって一直線に落下していた。だが、地面に激突する寸前にふわりとその身が持ち上げられたのだった。


「シュルツ様。渦生の撃退、お見事でございました」


 見やればユリがシュルツを抱きかかえて優しく見つめていた。シュルツは左手に持つ鉄杖に目を向ける。連樹子は既になくその代わりに劣化してしまった鉄杖が握られていた。


「ええ、ココの敵はすべて殺せました。そして僕もこれで剣術が使えるようになったのかな? それに、強い敵とやり合うのは楽しいですね」

「左様でございますね。ただシュルツ様、剣術は一朝一夕で扱えるものではございません。ペルンが何かを言ったのかもしれませんが、剣術の基礎をしっかりと学んで頂く必要がございます。ココ様の系譜従者であるシュルツ様ならきっと修久利の剣術を習得できることでございましょう」

「そっかあ。剣術は奥が深いんですね。分かりました。頑張ります!」


 ユリはシュルツとともに地上に降り立ち、空を仰ぎ見た。彼らの頭上のさらに高い天空において黒点が静かに鳴動の収縮を始めていたところだった。

 しかし、ユリとシュルツは慌てることなくそのまま空を見上げ続けている。なぜなら、ココの家屋から黒点に向かって光の線が紡がれていたのだから。ココが操る魔動器に全幅の信頼を置く彼らは、その光の先にある黒点を注視する。

 その光の線が黒点の中心に辿り着いた途端に、その接点から多重の制御式が生まれていく。その微細で華麗な聖霊制御式を見てユリは大きく嬉しそうに微笑んだ。「ココ様、流石でございます。寸分違わぬ魔動器制御式の構築。しかも領域魔法の多重掛けまでを操作しきるとは。それほどまでに成長なされたこと、喜ばしく思います」


 浮島から莫大なエーテルが制御式に注ぎ込まれ魔動器による領域魔法が発動した。

 圧倒的なまでの光子砲が空を覆い尽くし、深き闇をも一挙に打ち払った。天を新たに開いていくかの如くに光子砲は黒点を容易く破壊するのだった。

 ココの領域魔法が収束した後には、いつもの穏やかな浮島の朝が広がっていた。

 黒魔術師が攻めてきたことも苛烈な戦闘があったことも忘れさせるような朝日の陽光が、浮島を包んでいく。ただ一人、難しい顔をして腕を組む者を除いては。


「黒魔術師は倒したべ。もちろんココの存在は秘匿できたと確信できる。だが、浮島を移動しなくちゃあなんねえな。この場で黒魔術師が消えたんだ。必ず黒魔術師の調査部隊が編成されてやって来ちまうべからな。しかし、今回の黒魔術師の動きは何かおかしいべ。まあ、情報が不足して結論は出ねえし、こうやって悩んでいても仕方がねえ、まずはシュルツを仕上げるのが先決だべよ」


 修久利を使う者がいても、ココを災呪の穢れから守ることは容易であるとは思えない。シュルツの異能の力を戦力に数えることが出来れば行動範囲が広がるだろう。それまでは僅かな綻びさえも許されないのだ。


 朝日が小鳥たちのさえずりを運んでくるなかで、ペルンは頭を掻いて空を見上げた。もうすぐ腹を空かせた2人と、パンが食べたい! と地下室の少女が腹の音を鳴らす頃だ。


「まあ、ともかく朝食にするべさ」


 そう言って農作業人形は、いつもの家屋の厨房に足を急がせるのだった。

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