第5話 邂逅。檻にとらわれた魂の嘆き。

 シュルツは自身のメンタルマップで制御魔動器の所在地を確認する。目的の場所は浮島の中央に座す山。その中腹に出来た亀裂の底にココ特製のエーテル制御装置が設置されている。シュルツの座標認識が終わるのを見計らって、ペルンがシュルツの身の丈ほどもある鉄杖を放って寄越した。


「系譜従者になったばかりで実戦経験のないネギ坊主でもこれがあれば様にはなるべ。その鉄杖は俺の特別製だ。んだから、自分の持てる全てを使って戦ってくればいいべさ」

「ペルン先輩、ありがとうございます。これがあれば、何だって出来ますね」


 シュルツは目覚めてから3日目。体の動かし方や戦闘技術について一通りの確認は済ませてあった。ただ専門的な技術までは人形体の知識にはなく自己流となってしまうが、この体の能力を十分に出し切れば上手く乗り切れるだろう。彼は鉄杖を大きく振るって頷いた。

 先ほどから地鳴りが断続的に響いている。家屋を揺らす振動が激しさが徐々に増し始めていた。これもまた黒点の影響なのだろうか? 地鳴りと警告灯の発色が家屋全体を染め上げていて、ココが誰ともなしに口を固く結んだのがシュルツの目の端に留まった。

 ただ、ペルンだけが不敵な笑みを作っている。


「ペルン先輩、この地鳴りは黒点の影響と考えていいのでしょうか?」

「ああ、黒点絡みってのには間違いねえ。ただ、どちらかというと我らが島の守り目様がおっぱじめたってわけだ。おそらく黒点から生み出された渦生かじょうと戦っている段階だべな。ってえことは、シュルツ! 悠長にしている時間はねえぞ。1時間以内に全てを終わらせねばなんねえ」


 シュルツは「時間がないですね。では、さっさと終わらせてきます」と返事を残して、家屋からその先にある目的地を目指して駆ける。頭上では黒点が空を渦のように切り裂いて、そこから這い出る幾多の巨大な毛虫が空を埋めていた。

 シュルツとして目覚めたばかりの自分には過去の記憶がない。けれど、最後に残った微かな残滓を手繰り寄せれば、自分は『原初の狭間』に居たのだということだけは理解している。その深く暗き谷底で自分は一体何をしていたのだろう? その疑問に対する答えはない。だけど、今は陽光ひかりを感じることが出来る。それだけで十分だ。その弾むような暖かさに僕は救われいるのだから。シュルツはココとの繋がりを感じる胸の鼓動にそっと手を当てて、それから拳を強く握りしめた。「ココにあんな表情をさせる奴らは皆殺しです」と。


 浮島の上空に聖霊制御式が数度瞬いて魔動防壁が形成されていく。島全体を覆う光の防壁が黒点からの浸食に対抗するように、唸るような微振動を繰り返していた。ココが魔動防壁で黒点との均衡を保っていられる時間はそれほど長くはないだろう。急いで制御装置のリミッターを解除しなければならない。

 シュルツが駆け登っている道―――獣道が森の中を縫うようにして山腹へと続いている。獣道は狭く大小さまざまな岩が顔を出していて、しかも道のいたるところが苔むしていて滑りやすい。本来の正規の登山道が整備されているのだが、それは目的地に対して遠回りであるためメンタルマップを展開しながら最短ルートを探し出して登っていく。


「何かいますね。生物と言うにはあまりにも奇怪な存在のようですが」


 シュルツは独りごちる。人形体に備わっているエーテル観測機能の『測波』を用いてその存在がいる方角を認識した。だが、距離感を掴むまでには至らない。これが自分の限界かとも思ったが、シュルツの奥底に眠る何かがそれを否定した。


「そうですね。これが人形体の限界であっても、


 人形のなかに閉じ籠るのではなく、自分自身の魂を支配し操るように自らの存在そのものから意識の手足を伸ばす。その力を得ようとする渇望が、シュルツの記憶の断片を一つ甦らせた。「そうだ。僕は原初の狭間に在ったとき、ずっと観続けてきていた。この世界の在り様を、エーテルの循環を観ていたのです」果てない時のなかで練磨し続けてきた能力―――エーテル観測はシュルツ自身の最も得意とするもの。その能力を『測波』に重ねる。

 自分を起点として瞬時に周囲の状況を把握した。そのエーテル観測は人形能力の5倍―――10ミーレ(*約15km)以内のエーテルの流れを確実に認識し得るものになった。

                     (*1ミーレ=車輪500回転≒1.5km)

 北東5ミーレ(*7.5km)先、制御魔動器が設置されている山の中腹に奇怪なエーテル波を持つ存在がいた。体のなかに複数の魂を無理矢理に閉じ込めているような気色の悪いエーテル循環。しかも、その存在の力は次元の違う実存強度を示している。浮島ではただ一人を除いては存在し得ない常軌を逸した実存強度に、シュルツは鉄杖を強く握り締めた。

 

 実存強度

   シュルツ    4.2700

   黒魔術師?   7.1310   



□■□■ Topics ① □■□■

 実存強度とはエーテル支配力の指標であり、その支配力に開きがあればあるほど戦闘は一方的なものになる。存在する実存段階が『4.0000』であれば15テリテ(*15m)の岩を割る程度のエーテルを支配する力、『7.0000』であれば20ミーレ(*30km)にある形あるものを破壊し尽くすのに必要なエーテルを支配する力を持っている。だから、実存強度が7.0000ある者に対してダメージを与えたければ、20ミーレを破壊し尽くす以上のエーテルを支配する力で攻撃しなくてはならない。そうしなければ、かすり傷を負わせることもできない。

□■□■ E N D □■□■


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