第4話 互いに求めし契約。新たな光とならん。

「ペルン先輩、ココの具合が悪くて。多分、体の衰弱が原因です。十分な体力がないままに今回の魔動器実験。そこからのエーテル枯渇を端緒にして‥‥‥でも、それ以上に僕を目覚めさせたときの負担が治っていないんだ」

「シュルツを今回起動させる為に使った領域魔法の三重掛けか。あれには肝を冷やしたが、止めろと言って素直に聞くココじゃねえからな。まっ、気に病むことでねえべ。自らの道を進むときには障害の一つや二つあるってもんだ。それによ、系譜従者がいればエーテル枯渇にも十分に対応が出来るべし、大丈夫だべ」


 ペルンは軽くシュルツの肩を叩き、代わってココを抱き上げる。彼女の顔色は良く体を巡るエーテルも十分な量があると感じる。気色が良くなったココの頭を優しく撫でながら彼女にペルンは言う。「いい従者じゃねえか。判断も素早く的確だべ。これなら俺は、外の畑で思う存分に野菜作りが出来るってもんだべよ。んだから、ココもシュルツと仲良くな」ペルンはココの顔に残った血糊を白い綿布で綺麗にふき取り、「あとは自分で歩けるべ?」「ありがと、ペルン」彼女は元気にペルンを見上げた。そんな2人のやりとりを微笑ましく見つめていたシュルツは、浮島を取り巻くエーテルの気配が急速に変わり始めたことに気付き、訝しむ。


 途端に、家中に警報がけたたましく鳴り響いた。


 突然の警告音と真っ赤なランプの明かりが室内を割れんばかりに叩き、危険の深刻さを知らせている。一体何が起きたのか? と、シュルツは2階の崩れた部分のさらに向こう、その大穴の先の空を凝視する。浮島の空を流れるエーテル波が異常になっていたのだ。朝焼けの空に不自然な赤黒色の渦が生じ始めていた。それは徐々に空を飲み込むように拡大していく。

 シュルツはその不気味な渦に空間を捻じ曲げる力の存在を知覚して、自らの人形体に蓄積されている知識を探った。


「空間に干渉する力。もしかして原初の狭間が開いたのですか?」


 『原初の狭間』とは、世界に出来た裂け目とも不帰かえらずの深き谷とも言われるものだ。周辺に存在する全てのものを暗き黒霧の底に引き摺り込み、有形無形を問わずエーテルに強制還元する暴虐な災厄。そして僕自身がいた場所でもあったはずだ。しかし、原初の狭間が生じる宙域は限られていたはずではなかったか?


「あれは原初の狭間じゃない。あれは『黒点』だ。でも、どうして黒点がこんなところに? シュルツ、よく聞いて。あれは黒魔術師のそのといって、私の敵である黒魔術師が住まう地なんだ。黒魔術師は、聖霊たちを、勿論聖霊である私の存在を否定する。この世界から聖霊を浄化させて、聖霊のいない世界を創り出そうとしているんだ。だから、私たちは生きるために黒魔術師を倒さなくてはならない。でも、私は‥‥‥私は力が足りなくてずっと黒魔術師から逃げてきているんだ」


 ココがシュルツの上着の裾をぎゅっと掴んでいるのに気付き、彼はココの手を取り、


「大丈夫です。そのために僕がいるんです。ココを脅かすものは、僕がすべてぶっ殺しますから」

「よす! シュルツ、良く言ったべ!」


 ペルンはシュルツの頭をがしがしと無造作に撫でてにやりと笑った。


「黒点は破壊しなければなんねえ。もちろん、その黒点から湧いて出てくるもの全てを片っ端から殺さねばならねえ。あれはだからな。俺が行こうかと思ったが、シュルツもやる気のようだしなあ。任せてみんべよ」

「ええ、僕に任せてください」

「んじゃ、ココは黒点が治まるまで地下室で待機だべな。黒点が、この辺境部に現れるってのは珍しい。余程の事があったのか、もしくは何かを探してるのか? いや、まさかな。まあ、とにかくココは身を隠すべさ。脱出するにしても、今回の黒点はちぃっとばっかし距離が近すぎるべ」

「ペルン、待って。皆が戦うなら、私も戦う」


 彼女は小さな手をぎゅっと握りしめて口元を固く締めた。そんな彼女の手を取ってペルンは諭すように穏やかに語りかける。


「ココ、自分の体が聖霊魔術の使い過ぎで悲鳴を上げてるんのは知ってんべ? それによ、戦いになったとしても、ココは攻撃魔術も支援魔術もその制御式から編むことが出来ねえよな? 唯一使用できるのが魔動器製作魔術のみなんだから、戦う戦わねえの問題じゃねえんだべさ。んだから、戦闘になる前に地下室の索敵魔動器で現在の戦況を分析するのがココの戦いってやつだべよ」

「‥‥‥うん。そうだよね、分かった。ペルン、無理言ってしまってごめん。それからシュルツ。いきなりこんな状況になってしまってびっくりしてると思う。でも、絶対になんとかする。それにシュルツ、貴方は目覚めてから既に3日間も経ってしまっている。無理はできない。だから、私と一緒に――――」


 大きな紅い瞳のふち憂俱ゆうぐを溜めたココ。シュルツはそんな彼女の言葉を笑顔で遮るのだ。「僕は君の系譜従者です。君を守りたい。君にそんな顔をさせてしまう敵をぶっ殺したい気持ちでいっぱいです」ココの不安な表情、恐怖に震える彼女の手を見て自分の気持ちは既に決まっている。この気持ちは系譜従者だからじゃない、もっと根源にある決して譲れない確固たるものだ。


「それに、君からこの体をもらって今日までで十分に体の機能は把握しきっています。僕たちはこれから天異界の強者に戦いを挑むんです。今回の敵など蹴散らすくらいが丁度いいと思いますよ」


 そんなシュルツの姿を見て、ペルンは再びシュルツの頭をがしがしと撫でた。


「まあ、黒点が『蝕の鳴動』を起こす段階に至ったら俺が出張る。それまでは色々と試してみろや。ココが二千年の時をかけて創り上げたシュルツなら何てことはないべ。原初の狭間にいた実力ってやつを見せつけてやれや。ただもう一度確認するが、あれは黒点だ。黒魔術師が必ずいる。見つけ次第に片っ端から殺せ。ココの存在をあいつらに微塵も気取られるわけにはいかねえからな。知られること、感づかれること、疑念を持たれることが即ココの死に繋がると覚悟しろ。だから、シュルツ。必ず敵を潰して、生きてココのもとに戻ってくるんだべよ。そんなわけだから、気合を入れて行ってこい」


 そこで言葉を切って、ペルンはシュルツの胸をぽんと叩く。もし黒点が鳴動を起こすようなら、それは災呪の穢れの現出を意味する。想定し得るなかでも最悪の状況だ。災呪の穢れがココと出会ってしまったら『世界は終わり』を迎えてしまうのだから。それだけは絶対に避けなければならない。そのために何千年もの間、この辺境に隠れ続けてきたのだ。ココの存在が露見すること、いやそれ以上に、ココの存在を黒魔術師に思考される余地すらも与えることはあってはならない。

 だが、そのためにココはずっと辺境部に閉じ込められたまま、何千年も不自由な思いをし続けている。それを打開するのがシュルツ、てめえだ。ただの人形なら黒魔術師に敵うことは決してない。だが、その人形の奥底に息づくのは『原初の狭間・・・・・』にいた来訪者・・・だ。それにココを守る八核オクタ・コアも絶えずシュルツを意のままにしようとする異界からの『下命』を抑えて続けている。二千年間、シュルツを育ててきたのだ。「俺の育て方に間違いはねえべよ。それに、お前の力を見せつけてやる絶好の機会ってやつだべ」ココの系譜従者となったシュルツを見てから、ココに視線を向けた。

 彼女は小型魔動器から映し出される数値を見て、何かに気付いたらしく、ぶつぶつと呟きながら数式を操っているところだった。


「まだ断言は出来ないけど、あの黒点は『断片』だと思う。黒点の余波で発生している断片だ。本来の黒点はもっと遠くの浮島を襲っているはず。あのぐらいの大きさなら、私の『ずばっと転移2号機ちゃん』の出力を上げてぶっ放せば破壊できそう。ただ、それには島の中心部に在る制御魔動器のリミッターを解除する必要がある。その魔動器は浮島の中央結晶石を制御しているから、その制御棒を解除できれば打開できるはずだよ。でも、その魔動器は島の中心に設置されてあるから―――」

「ええ、分かりました。なら僕が黒魔術師を蹴散らしながら、その制御魔動器の制御棒を解除してエーテルを溢れさせてきますね。ココ、君は大丈夫です」


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