災禍の闇 2版

第2話 少女の想い、弥終(いやはて)への道標

―――3887回目の起動試験。定期記録開始。

―――動作確認時より50時間が経過、同時に『八核オクタ・コアの安定稼働』を確認。

―――対象物の異常行動確率は安全値内を推移中・・・・・・記録確定。


 無機質な情報を羅列する魔動器モニターが、出入り口のない部屋の中で無機質な言葉を写し出していた。静寂の闇に満ちた部屋。その一角にある魔動器だけがカタカタと動いている。その場所だけが明るく照らし出され、まるで闇が抜け落ちたかのようでもあった。モニターから零れ落ちる光が石床を濡らし、そこに領域魔法陣があることを知らせていた。

 精緻に、そして一つの目的を果たす為に描かれた魔法陣。それは絶対的な封印を対象者に科すもの。

 閉ざされた空間の中で何者かの封印が行われ続けていたのだろう。封印と起動、そして失敗を繰り返してきたことを伺わせる深い傷跡が部屋中に散らばっている。その暗き部屋の傷跡の中心部には人が一人入れるほどの容器が設けられていた。棺を思わせるそれは分厚い特殊金属で造られており、その容器を閉める蓋は世界との断絶を思わせる。しかし、その棺は無造作に開け放たれていた。

 その封じていた魔動器の、その開け放たれた蓋には9番目の刻印が微かに見えていたのだった。



◇◆



「いつもの空ですけど、何か変だ」


 淡紫色オーキッドの瞳をした少年は空を仰ぐ。天異界の夜空はいつも通りにその星々の煌めきを鮮やかに奏でている。

 15才ぐらいの顔立ちをした少年―――まつ毛が長いその中性的な顔立ちは美しく、切れ長の瞳に整えられた顔、そして白銀色の髪が頬を隠すように揺れている―――は、瞼にかかった前髪を払いのけてもう一度周囲を注意深く見渡した。

 早朝の暗がりが森の中に沈んでいるだけ。少年はそんないつもの森の気配に安堵して手を作業に戻す。彼の足元に設置されている罠。それに掛かっている森殻しんごら兎の状態を手早く確認するのだ。森殻しんごら兎は危険が迫ると尻尾を大きく膨らませて、その中に自身の体を隠す。その尻尾は膨らむと硬質化することから、殻の中に身を隠す意を込めて森殻兎と呼ばれていた。その大きな団子状になった兎の急所にナイフを入れて手早く絶命させる。そして血抜きをする工程に入るのだが、何か危険が迫っているような圧迫感を感じて胸がざわめく。


「やはり何か異様です。兎の処理は家に帰ってからでも出来ますから、今日の獲物回収はここで区切りとしましょう」


 まだ一個目の狩猟罠に当たったばかりだが、自分の直感を優先させた。獲物の処理工程を大幅に省略して手荒に袋に詰め込み、その袋を背中に担ぎながら胸中のざわめきに気が急ぐ。そう、とても危険な嫌な感じがするのだ。自分の系譜原典がいる家屋に早く戻らなければと、焦燥感だけが募っていた。

 少年がいるのは家屋の裏手からそう遠く離れていない森の入り口。少年は来た道を大童おおわらわに引き返していく。

 そんな少年の頭上では輝く星々の幾つかが、ふっと闇に飲まれ消え去っていたのだった。


 現世界は地に在り、天異界は天に存する。

 それが地上に住まう人びとの常識となってから1万年以上が過ぎ去っていた。

 地上から見上げた夜空に瞬く星々。その輝きの一つ一つが天異界に住まう者たちの力そのものあり、力の大きさを表している。最も大きく強く輝く星々こそが天異界の中央に座する強者たちであった。

 現世界の闇夜の空を彩るそれらの星々は、天異界に浮かぶ島々でもある。その浮島を支配する力が天空に輝く星々となっていたのだった。


 しかし、夜空のすべてを星々が埋め尽くしているというわけでもない。星々の乏しい空隙もまた存在しており、天の中心から遠く離れた片隅では星の光もか細くあった。

 闇に沈むその場所は、天異界の最下層のなかで最も力の弱き者たちが住まう辺境。その闇間に浮かぶ小さな浮島で爆発音が響く。

 目も眩むほどの閃光が明滅し、その直後に浮島に聳え立つ山嶺を足元から揺るがす巨大な噴煙が立ち上る。だが、空高く巻き上げられた土砂も島全体を覆う緑の深き森のなかに徐々に鎮まっていくのだった。長い時のなかで育まれてきた自然の豊かさがその爆発さえも愛しみなだめているかのように。


 その深き森の奥に隠れる様にして建てられているレンガ造りの家屋。その隣りに寄り添うようにして2棟の納屋があり、それらを囲む大きな畑が色鮮やかな実りを育んでいた。

 そのレンガ造りの家屋は苔と緑のつたで覆われ、いたる所に補修の跡が散見され永き時を過ごしてきたのが分かる。その家屋にシュルツが入ろうとした瞬間、その最上階―――2階の半分以上が再び外壁もろともに吹き飛ばされ、焦げた煙が薄明るい空に立ち上らせた。


 だん! だだんっ


 その家屋の2階から階段を弾むように転がってくる少女の影が見えた。


「ココっ!」


 家屋に辿り着いた少年が目にしたのは自らの系譜原典。その系譜原典の少女が、勢いよく落ちてくるのだ。その光景に髪の毛が逆立ち呼吸が止まる。背負った頭陀ずだ袋を投げ捨てて、少女のもとに駆け寄るのだ。何とか石床に叩きつけられる寸前で少女を受け止めることが出来きて、少年は胸をなでおろしている。その少年に抱き上げられたココと呼ばれた10歳前後の少女は大きな紅い瞳で嬉しそうに微笑んでいた。彼女の背中から腰まで伸びたブロンドの髪が朝焼けの冷気にじゃれている。


「新たな発明の境地なのっ!」


 陽日の輝きを閉じ込めたようなココの微笑みに、少年も小さく笑顔を返した。だが、すぐに全身に緊張を走らせる。


「ココ、今の爆発は一体‥‥‥そうか! 敵ですね。敵が攻めてきたのでしょう? ココを襲うとは本当にいい度胸です。ちょっと待っていて下さい、ぶっ殺してきますから」


 この浮島にはココを襲うような魔獣はいないはずだ。なら、別の浮島から渡って来た魔獣や大妖の類が来襲して来たのだ。少年は粉塵舞う2階を鋭い目つきで睨みつけ、敵の気配を探った。事物の発するエーテル波を観ることは得意中の得意であると自負しているのだが、今現在でも敵の発するエーテル波を見つけ出すことは出来ていない。よほどの強者なのだと、少年はさらに全身に緊張を走らせて戦闘態勢をとる―――。


「シュルツ、違う。敵じゃなくて魔動器の暴走。魔動器実験だったの、だから落ち着いて」


 ココは闘争心を槍のように尖らせるシュルツの髪をよしよしと撫でたり、彼の上着を引っ張ったりと何とか落ち着かせようと頑張っている。

 ココから落ち着くようにと言われた少年―――シュルツは目を2、3度またたかせ、ココをもう一度見つめ直した。彼女と2階とを交互に見やり「え? 敵ではない? でも、そうすると何をぶっ殺せば」目線が宙を彷徨い、煙を上げる二階を再び見てようやく事態を飲み込んた。敵ではなく魔動器実験の暴走だったらしい。


 ココはそんな困惑した少年の頭を優しく撫でた。「シュルツ。原初の狭間に眠りし力―――来訪者との同化を果たした|9番目の魔動器人形。私が千年の時をかけて創り上げた器。シュルツは異能の力との融合を望んだ。だけど、心が砕け散り壊れてしまった。それから2千年の時間を掛けて今再びこうして貴方との会話が出来るようになった。ようやくここまできたんだよ。シュルツ、八核オクタ・コアと共にもう一度天異界の中央を目指そう」ココはシュルツの胸から降ろされて堅い石床に立つ。だけど、離れ難くてシュルツの胸に頭を預けて彼の心音を聴くのだ。彼の胸の中に入っている来訪者の異能―――『七色に煌めく不思議な石』は、彼の魂そのものと言っていい。その鼓動する不思議な石が人形の器に収まって新たな生命として目覚めたのだから。だから、目の前で心配そうに私を見つめているのは、狭間から来た彼―――シュルツ。

 そんな二人のもとに家屋の2階から再び冷たい風が拭き下ろしてきた。頬を撫でていく風が二人の視線をその出所となった場所に誘う。ココは眉間に皺を寄せながら見上げた。彼女の魔動器実験の成果―――2階の半分が内側から跡形もなく吹き飛ばされ、しかも爆発がそれで終わることなくその延長線上の5,000テリテ(*5,000m)先にある山岳をえぐっていた。

                       (*1テリテ=麦の高さ1.0m)

 「上手くいかなかった。空間転移が動作するはずだったんだけどね」と悔しそうに唇を噛み、なおも彼女は続ける。


「出力がなかなか安定しなくて、結果として転移ではなくて空間の連鎖爆発を引き起こしてしまった。設計に無理があったのかも。でも、空間転移魔動器『ずばっと転移2号機ちゃん』は必ず完成させる! だから、もう一度挑戦する」


 ココは気合を入れるように両手で頑張るの仕草をして、2階で煙が燻っている魔動器を見上げた。


 ごぼっ。


 突然、ココが痙攣し始めるやいなや体を強張らせて吐血した。シュルツの胸を真っ赤に染め上げるほどに吐血したココは、自らが吐いた血を見た後、慌てて何事もなかったかのように自分の口元をぬぐう。


「シュルツ、これは違う。何も心配は入らない。私の体は回復してる」




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