グレースケール

青白い茜色

第1話 晴れ

 世界が灰色に見えていた。

 きっと当時の私はそうだったのだろう。


 気付いたのは些細なことだった。

 その日の私は疲れ切っていて、家に帰る事しか頭になく。帰ってから何をするのかも思考していなかった。

 前を歩く老婆が突然足を止め、わぁ…と素晴らしい物を見た少女の様に声を上げる様を私は邪魔だとしか思わず、老婆が型の古いガラケーを向けるまで何を見ているのかすら気にならなかった。

 その老婆が感嘆してカメラを向けずにはいられなかったものは、夕焼けだった。

 恐らく、素晴らしい夕日だったのだろう。

 丹沢山と富士山が夕日に照らされた神秘的で美しいものだったのだろう。


 それでも、私の心は微動だにしなかった。


 テレビで名前も知らない政治家が意味もわからない難しい単語を話している様に

 美術館で名前だけは知っている芸術家の意味がわからない絵を眺めている様に

 私の心は動かなかった。








 それを自覚して、ゾッとした。



 私の写真のフォルダは、いつ更新されただろう。


 私の部屋は、いつ物が増えただろう。


 私はいつから、何かを綺麗だと思わなくなったのだろう。



 勝手に動いていた足を止めてもう一度空を見る。

 相変わらず、ただの絵のような。なんてことのない空だけがそこにあった。


 いつの間にか歩き去った老婆の古い型のガラケーには、私が無くしてしまった感性が沢山詰まっているのだろう。

 鮮やかな赤く見える空は、いつの間に灰色になってしまったのだろう。

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