『晴れ時々』

空は真っ黒、今にも雨が振り出しそうな帰り道。


「明日、晴れっかなぁ」


私の横でタカシがポツリと呟いた。


「タカは何も分かってないね」

「どうして。遊園地に行くんだ、天気がいいほうが良いじゃねえか」

「張り切りすぎて、鈴野さんに嫌われないように、せいぜい頑張りなさいよ」

「ったく…可愛くねぇなぁ、おまえ」

「うるさい、バカ。」

「そんなんだからいつまでも彼氏が出来ないんじゃねぇの?」

「あんたみたいな単細胞には、私の良さは一生分からないのよ」

「んだよ。ようちゃん、顔は可愛いのに、勿体ねぇよな」


単細胞に言われたくない。


その言葉を飲み込んでみた。今更何にもならないのに。タカシはほんっとにバカなんだ。明日は雨が降れば良い。


「ようちゃんは、明日、何してんの?」

「雨乞い。」

「……」

「タカの幸せは私の不幸。」

「なんだよそれ」

「昔っからそうでしょ。タカが四年生の時に作文コンクールで金賞とった日、私のゲームボーイ壊れたし」

「おまえが踏んづけたんだろ?うっかり」

「忘れた。とにかくね、タカの幸せは私の不幸なの。アンタなんか」

「俺はようちゃんの幸せを願ってるよ?」

「……」


バカ。


「…タカ、いつから鈴野さんが好きなの?」

「高3のクラス替え。一目惚れした」

「ふぅん」


たった2ヶ月前じゃない。私なんか1/10世紀の筋金入りなのに。悔しいから考えないことにしよう。


「鈴野さん、可愛いもんねー。清楚な感じ。アンタには似合わない」

「うるせえ、知ってるよ」

「まあ頑張って振られて来なさい」

「……いい加減にしろよ」

「怒った?」

「ったりまえだろ。ようちゃんは人の気持ちをもっと考えた方がいいよ」


アンタに言われたくない。15年間も人の気持ちに気付かなかったくせに。


「まあ俺、晴れ男だし」

「タカには昔から、水難の相が出てるよ」

「なんでだよ」

「泣き虫たかちゃん、ねしょんべんたかちゃん、それから」

「あああああ、聞こえねぇ聞こえねー」

「泣かないようにね」

「泣かねぇよ」


じゃあな、と軽く手をあげて、タカシは分かれ道を曲がってしまった。バスケ部の試合の時も、中学入試の時も、欠かさなかった「ガンバレ」を、ついに言えないまま。


*


次の日は見事な快晴だった。


神様の意地悪。ホント、これでめでたくタカに彼女が出来たら、呪ってやるから。


鈴野さんは可愛いくて、清楚で、素直で、まるで私とは正反対で、だからこれも神様の意地悪で、私への当て付けで、それで、それは……


うまくいかなきゃ良いのに。



夕方、雨が降ってきた。今さら。雨ってば、空とは切っても切れぬお友達のくせに、空気が読めないらしい。まったくどういう神経してんのよ。



ことの顛末は、意外なとこから転がり込んだ。


「洋子、公園にタカちゃんが居たわよ」

「お母さん、それ何時頃?」

「買い物に行く途中にみたから、一時間くらい前かしら」

「まだ居るかな」

「帰りはタクシー使ったから、見てないけど……この雨だし、帰ったんじゃない?」

「……ちょっと見てくる」


私はお父さんのコウモリ傘を掴んで、マンションの階段を一つ飛ばしで駆け降りた。


バカタカシ。略してバカシ。


…何いってんの私。


バカなワタシ、略してバカシ。


あれ、一緒。




走った。



からかってやろう。今さら素直になんてなれないから。嫌われちゃおうかな。目一杯バカって言ってやろう。


単細胞だから、タカシは。ヘラヘラ笑ってなきゃ。


雨が肩にかかる。冷たい。寒い。全部タカシのせいだ。居なかったら、ぶっ飛ばす。




居た。


ずぶ濡れになって、東谷に座っていた。



「……ようちゃん」

「タカ……振られたの?」

「うん、降られた」


良い気味だ。


「泣いてたんでしょ」

「泣いてねぇよ」

「涙の跡が」

「雨だよ」


ざまあみろ。


「やっぱりタかには、高嶺の花だったのよ」

「……」

「アンタには、一生彼女なんか出来ないよ、きっと」


泣け。泣いちゃえ。「ふざけんな」って、私の前から消えちゃえ。


「だってタカ、バカじゃん。バカだもん。バカタカシ。…バカ。」


ビンタの一つくらい覚悟してたけど、私の頬が叩かれることは無かった。変わりに、目の前には、泣きそうな顔で微笑んでるタカシが居た。


「タカなんか……泣い……」

「ようちゃん!?なんでようちゃんが泣くの!?」

「うるさいっ……アンタはなんもわかってない」

「……そうかもな」


タカシはポケットからハンカチを出して、私に渡した。なにこれ、びしょ濡れじゃん。……びしょ濡れ、だけど、


「……ありがとう」

「いつもそんくらい素直でいろよ。そしたらおまえ、凄く」

「うるさい。良いの。私はこれで私なの」

「……俺は、嫌いじゃないけど、でも」

「じゃあ良いの。良いから、帰るよ、帰る」

「……俺は止むまで待つよ」

「傘、はいってけば?」

「……いや、良い」


せっかく来てやったのに、一人になりたいだと?生意気な。


「じゃあ……また、月曜日に」

「ようちゃん……ありがと」

「別に……からかいにきただけだから」

「またな」


タカシはバカだ。


バカだから、私は、タカシのことが。


「……」


雨音が気の迷いも隠してくれる。たまには空気読めるじゃないか。今後も精進したまえ。


そう思った途端に雨は止んで、でかい傘は無用の長物。やっぱり雨も、神様も、それから私もやぁなやつ。


だから、私は笑い続けてやるんだ。やなやつだから。あの単細胞を、ずっと、バカにし続けてやるんだ。ざまあみろ。



空を見上げたら凄く綺麗だった。


こんなふうになれたらいいのに。


素直な気持ちは、夕焼け空に融けていった。

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