第5話 プロローグⅤ 太陽の巫女と月の審神者 ②

 聖竜騎士ニーズヘッグ・ファフニールもまた、アルマと同じ場所にいた。


 ふたりはすぐそばにいたが、お互いを認識することができないでいた。


 意識はある。

 だが、何も感じることはできない。


 そこがどこかなど考えたところでわかるはずもなかったから、考えなかった。


 ただ、孤独な一生だったな、と考えていた。



 ニーズヘッグの家は、竜騎士の歴史と共にあった。

 彼のように竜騎士団長を務める聖竜騎士を数多く排出した名家中の名家だった。


 生まれ落ちた瞬間から竜騎士になることが決まっていた。


 文学や演劇を愛する彼は、自分の意思で自分の未来を決めたかったが、それを主張しても両親や兄たちから理解してもらえることは決してなかった。

 家を一歩出ればファフニール家の子というだけで色眼鏡で見られ、親しくしてくれる人は誰もいなかった。


 彼が心を許せたのは、彼がその背にまたがることを許してくれたドラゴン「ケツァルコアトル」だけだった。



 竜騎士とは、騎兵が馬にまたがる代わりにドラゴンにまたがる、そのような単純な存在ではなかった。


 1000年ほど前、ドラゴンの人よりも長い歴史の中から、竜と人の女のふたつの姿を持つ者が生まれた。


「はじまりの竜騎士」は、そのドラゴン「エキドナ」に力を示し、契約を交わし、その背にまたがることを許された。

 それだけでなく、その人の女の姿のエキドナとの間に子を遺した。


 ドラゴンは、数百年の生涯でひとりだけ、その背にまたがる竜騎士を選ぶ。

 竜騎士になれる者は、その血にエキドナの血が流れていなければならず、ドラゴンに力を示さなければならない。


 力を示せなければ死ぬだけだ。



 そこまでして竜騎士になり、1000年の歴史を持つ竜騎士団の最年少団長にもなったが、部隊長を務める兄たちをはじめ、信頼できる部下や仲間は誰ひとりいなかった。


 そして、女王暗殺の命令を引き受けざるを得なかったとき、ケツァルコアトルは彼のことを見損なったと言った。


 お前を選んだのは、私の生涯で唯一の、そして最も大きな間違いだった。

 だが契約は契約だ。

 お前が死ぬまでは私の背にまたがるがいい。

 だが、私はお前のことはもう信頼できない。

 竜騎士としても、人としてもだ。

 だからお前も私を信頼するな。

 私はいつでもお前を殺せる。

 今となっては、お前はもはや、私の慈悲で生かされているだけだ。

 いつ私に殺されるかわからないと思え。



 何の意味もない、くだらない人生だった。


 やり直すことができたとしても、どこからやり直せばよいのかすらわからなかった。


 だから、存在を消された瞬間、彼は心から安堵した。


 生まれてきたのが間違いだったのだ。



「そういえば、自己紹介がまだだったわね。

 私の名は、月読迦具夜(つくよみのかぐや)」


 どこからか、そんな声が聞こえてきた。

 月の審神者の声だった。


 月の審神者はアルマとニーズヘッグを消した後、マヨリにそう名乗っていた。


「この国の初代女王や二代目の女王が作り出した3つの月に封印された、月の審神者の三姉妹のひとりよ」


「知ってるわ。

 あなたたちの存在は、東の大国フギの古文書『偽史倭人伝』に記されているもの。

 おとぎ話かと思っていたけれど、偽史ではなく、正しい歴史だったのね。

 力に溺れた身勝手で愚かな女たちでしょう?」


「その愚かな女たちに、大事なもうひとりの女王の存在を消され、お前もまた消される」


「リサは消されてはいないわ。

 わたしやあなたが覚えていることがその証拠でしょう?

 ちなみに、わたしはニーズヘッグのこともアルマのことも覚えているわよ。

 歴代の女王やわたしたちが、あなたたちの襲来に備えていなかったとでも思ってる?

 この世界はもう、世界の理を変える力を使っても、誰かの存在を消すことはできない。

 あなたたちが封印されている間に、この世界の理はそういう風に作り替えられていたのよ」


「ならば元通りに作り変えるだけだ」


「歴代の女王が、幾重にも力を掛け合わせ続けてきた。

 すでに、作り変えることすらできないようにしてくれているわ。

 存在を消された者は、一度その場から消えるだけ。

 力を持たない者の記憶からは一時的に消えてしまうけれど、あなたたちが知らない空間に移されるだけ。

 あなたたちは、そこにたどり着くことも、その場所を特定することもできない」


「アカシックレコードを別に作ったか、あるいは増設したか、外付けしたということか……」


「ご想像にお任せするわ。

 あとは、あなたたちを始末した後で、こちらに呼び戻すだけだもの」


「どちらかの女王が生きていなければ、片割れがいなくなった今となっては、お前がいなければ、その者たちはこの世界には戻れない。そういうことだろう?」


「そうね。そうなるわね。

 でも、ふたりの女王がその存在を消されるか、殺されることによって、太陽の巫女がふたりともこの世界から不在となれば、この島国の龍脈は活動を停止する。

 シャーマニズムも陰陽道も、世界の理を変える力も、すべてが使えなくなる。

 島国自体が海に沈む。

 あなたたちの一番の望みであるであろう、九頭龍獄(くずりゅうごく)を起動させることもできなくなる。

 それでもよかったら、わたしを似るなり焼くなりお好きにどうぞ」


「さすがね……いいわ。

 じゃあ、あなたはしばらく生かしておいてあげる。

 そのかわり、あなたからすべての自由を奪う。

 私達の邪魔はさせない」


「構わないわ。

 こちらの準備はすべて整ってるから」



 声は聞こえなくなった。


 ニーズヘッグは、全く余計なことをしてくれたものだなと思った。


 だが、自分にはわからないだけで、もうひとりの女王やアルマたちが、この何も感じることのできない空間の中にいることがわかり、そのことだけは今度こそ本当に安堵した。


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