第4話 プロローグⅣ 戦乙女の皮肉な行き先

 ここは、どこだろう?


 戦乙女アルマ・ステュム・パーリデは思った。


 何も見えず、何も聞こえず、何のにおいもしない。

 意識はあるが、肉体はあるのかどうかさえわからなかった。


 月の審神者は、ひとりずつ順番に彼女たちの存在を消していく、と言っていた。

 存在の消去は死とは違うとも言っていた。


 人は死ねば、肉体は土に還り、その魂は月の審神者が口にしていたアカシックレコードへと向かう。

 膨大な情報の一部となり、その魂は永遠の存在となる。


 ここはアカシックレコードではなく、存在が消された存在がたどり着く場所だろうか。


 無というものだろうか?


 いや、無には何も存在しない。

 無という概念すら存在しない。

 無は、だからこそ無なのだ。


 では、ここは、どこなのだろう?


 アルマには検討もつかなかった。



 戦乙女とは、はるか昔、戦場に現れては戦死者の中から高い能力を持つ勇者の魂だけを選別し、神の元へと導く者であったとされていた。

 ヴァルキリーやワルキューレと呼ばれることもあったという。


 この世界に神は、7日間で世界を創造し、自らに似せて人を作った「ハオジ・マワリー」という唯一無二の絶対神しか存在せず、なぜ神が勇者の魂を必要としていたのか、今も必要としているのかは、今となってはもうわからない。


 ペインを建国した「はじまりの戦乙女」は、勇者の魂を神の元に招く役割をすでに終えた者であった。

 彼女は後世のために、自らが持つ力について「ネクロノミコン」という書に記したが、それ以降の戦乙女もまた、その役割を神から与えられることはなかったからだ。


 そのため、戦乙女は、現在では本来の意味とは異なる役割を担っていた。

 死者の魂を神の元へと運ぶのではなく、その霊力を自らの力として扱うことができる、高い戦闘能力を持つ者を指す言葉でしかなかった。


 彼女の技「無限無槍」は、ニーズヘッグらランスの竜騎士たちによって殺害されてしまった死者たちの魂が持つ霊力によって放たれた技であった。


 はじまりの戦乙女の血を引く女は、ネクロノミコンを読み理解することができれば戦乙女になれる資格があるが、男にはその資格はなかった。


 その代わり、17年前に魔法が失われる前まで、ペインにはネクロマンサーという魔法使いたちが存在した。

 ネクロマンサーとは、戦乙女から派生した存在であった。

 ネクロノミコンを理解した男たちは、死霊や死体を操るネクロマンシーという秘術を扱うことができた。

 優れたネクロマンサーの中には自らの肉体をアンデッドと化すことによって、より強力なネクロマンシーを扱うことができる者もいた。


 戦乙女はともかく、死体を操ることができたネクロマンサーは、他国の民からは誤解される存在であった。

 だが、どちらも死者の尊厳を踏みにじるような力ではなかった。

 肉体とは魂の器に過ぎず、死体はただ腐敗し土に還るだけの肉の塊だ。

 大切なことは、死者の魂を本来向かうべき場所へと等しく向かわせることであったからだ。

 戦乙女もネクロマンサーも、その霊力を使うことによって、死者の魂に永遠の安らぎを与えることができた。



 たくさんの死者の魂をアカシックレコードへ送ってきた自分が、そこへ行けないのは皮肉だな、と思った。




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