第4話 発表会2
「――まぁ、楽にしたまえ。博士が戻るまで大分かかるだろうから、ここで待っているといい」
「……はっ、了解しました」
カンザス・シティ少佐の言葉にミラは敬礼を解き、少し息を吐き出す。
そんなミラの姿に、少佐は苦笑した。
「
ミラはバイザーの”異常無し”サインを確認して、全身の力を抜いた。
「紅茶でも飲むかね?」
「あたしがやるわ。お義父さんは座ってて」
言って、部屋の隅の魔導サーバーから熱い湯をポットに注ぐ。棚に並ぶ茶葉に手を伸ばそうとすると、
「それじゃない。デスクの引き出しにあるのを使いなさい」
少佐の言葉に従って茶葉を取り出し、紅茶を煎れた。
「ありがとう。――ミラが煎れてくれた紅茶を飲むのは、久し振りだな」
ミラも一口、紅茶を啜る。棚に並ぶ物と同じ、義父の好きな銘柄の味だ。
カンザス・シティ少佐。ミラが所属する魔導騎兵大隊の隊長であり、育ての親であり――軍事政権内で穏健派と呼ばれる、魔導士に対し温情的な数少ない人物の一人だった。
「また、部屋が変わったのね」
以前入った部屋はもっと上階にあり、広さも倍はあった筈だ。
「……まあな。我々穏健派に対しての風当たりは強くなる一方だ。迂闊に紅茶も飲めんよ」
軍部は厳密な階級社会だ。階級の高い者ほど上階に部屋を構える。政争相手への盗聴、盗撮は当たり前。棚の茶葉を使わないのも、毒殺を警戒しての事だ。
「――さて」
少佐はカップを置くと、口を開いた。
「『発表会』の内容、どう思ったね?」
「どう? どう、ね。強いて言えば――机上の空論」
「空論、かね」
「空論よ、空論。博士だって、最初に言っていたじゃない。……あくまで理論で、実証できていないって。でも、聞いて納得だったわ。あんな内容、実証なんかできる訳ないじゃない」
と、ミラは『発表会』の内容を思い返した。
◇
「……魔導士が不要となる、か」
博士は呟いた。
「どうにも、不穏な言葉じゃの」
「だが、事実だろう?」
総統は笑顔を絶やさない。それは見るものに威圧を与える効果しかなかったが。
「誤解を与えない為に言っておくが――今日の発表は、これじゃ」
壁の魔導モニターに映し出されたのは、
<魔導士を介さない魔導エネルギー抽出装置の実現について>
おお、と小さなどよめきが起こる。
「そんな事が――」
「可能じゃ――と、思われる。理論上はな」
博士は雑音を遮るように、
「知っての通り、もはやこの社会は魔導エネルギー無しには成り立たんレベルに発展しておる。しかし、その魔導エネルギーを産み出せるのは魔導士のみ。いわば
博士の歯に衣を着せぬ物言いに、ミラは内心気が気では無い。まさか、この場においても普段通りとは。
「説明の前に、まず魔導エネルギーとはなんぞや、という事を説明させてもらおう。――魔導エネルギーとは、魔導士が持つ魔導細胞で作られる。いわば、生命エネルギーじゃ。魔導細胞の量と位置には個人差があり、量は作られるエネルギーの量に比例し、位置はその体の部位が、発現する効果の得て不得手に関係しておる。ワシで言えば、ココじゃな」
博士が指した頭が、光を持ち始める。
「ワシの聡明なこの頭脳も、魔導細胞によるものじゃ。とはいえ――」
博士がピッと伸ばした指先から何かが飛んだ、と思った瞬間、煙草を持っていた将校が悲鳴を上げてそれを取り落とした。
「……この位は、得て不得手等なく、魔導士なら誰でも出来るがね」
テーブルに落ちた煙草の火が消えている。指先から水を飛ばしたのだ。
「魔導細胞で作られるのは、あくまでエネルギーのみ。魔導士は誰に教わるでもなく、それを様々な形に具現化している訳じゃ。このように、な」
博士は水を小さな噴水のように指先から出すと、口に含んでブクブクとやり、飲み込んだ。
「どうしてそんな事が可能なのか、それを解明するのは非常に困難だった。――それでも先人達は研究を続け、魔導エネルギーの抽出に成功し、さらにそれを溜める魔導パックを開発し、人工的な魔導の具現化にも成功した。……普段、諸君らが使っている魔導具と呼ばれる物全て、偉大なる先人達と、このワシの功績の賜物という訳じゃな」
博士は眼鏡を外し、シワクチャなハンカチでレンズを拭く。……余計、汚くなりそうだ。
「――さて、本題はここからじゃ。長く続いた戦争は技術を発展させ、同時に慢性的な魔導エネルギー不足の状況を生み出した。そりゃあそうじゃ。魔導エネルギーを大量消費する兵器を使って、それを生み出す魔導士をバンバカ殺したんじゃからな。矛盾の極み――アホの極致じゃな。ワシがお主を評価しとるのは、少なくとも無計画な殺生をしなかった。その点じゃ。だから、この研究を続けてきた。……随分、非人道的な事もやったがね」
博士の言葉に、総統は口の端を歪める。
「理論的には、魔導士を介さずに魔導エネルギーを生み出す事は可能じゃ。ただし、それには条件――いや、必要なものがある」
「それは?」
「心臓じゃ」
総統の問に対する返答に、全員が息をのむ。
「正確に言うと、魔導細胞のみで構成された魔導士の心臓じゃ。――言ったろう。魔導エネルギーとは、生命エネルギーそのものだと。生命エネルギーの源とは、心臓に他あるまい。もし、魔導細胞のみで構成された心臓があれば、そこから生み出されるエネルギーは膨大なものになるじゃろう。……そんなものがあれば、じゃがな」
「……なるほど、了解した。実に了解した。――誠に、簡単なことじゃあないか」
おもむろに総統が口を開き、ざわめきが収まる。
「心臓が魔導細胞でできている魔導士。――それが、必要なのだな。心臓の一部、などでなく、心臓全体が魔導細胞であると」
ミラは掌に汗を感じ、拳に軽く力を込める。これまで戦場で、
その時、パチ、パチ、と手を叩く音がした。ハッとして見ると、総統がゆっくりと拍手をしている。それは次第に周囲に伝染し、すぐに部屋全体が拍手に包まれた。
「素晴らしい!」
その一言で指揮者がタクトを止めたように、ピタリと拍手が鳴り止む。
「実に素晴らしいよ、博士。やはり我が友人は、私の期待を裏切ることはなかったね。さて、諸君。これから我々が成すべき事は一つだ。何としても、その魔導細胞のみでできた心臓――魔導心臓とでも呼ぼうか――を持つ者を見つけ出すのだ。まずは強制居住区の全員を再チェックしたまえ。書類上などでなく、必ず直接確認するのだ」
「はっ⁉ ぜ――全員、で、ありますか?」
担当であろう背広組の一人が、素っ頓狂な声を出す。それはそうだ。強制居住区の住人、全部合わせれば少なくとも数百万人単位はいるだろう。それを、あえて言葉にはしないが
「参謀本部は、直ちに下階層の不法居住者共の巣を洗いだせ。徹底的に、虱潰しにな」
「……ハッ、了解であります」
「魔導騎兵大隊はいつでも出撃可能なように、準備を整え給え。場合によっては、親衛隊も出す」
「了解致しました」
カンザス・シティ少佐は敬礼と共に返答した。
「よろしい。――ああそれと、念のため心臓に少しでも魔導細胞があるものを見つけたら、確保するように。何かに使えるかもしれんしな」
総統は満足気に頷いた。
「何か、質問のある者は?」
「ありません!」
返答を聞き、総統は立ち上がった。全員、慌てて席を立つ。
「諸君。これは極めて困難な任務だ。それくらい、私にも分かっている。我々が求めているのは、我々の未来――可能性――希望、だ。それを、魔導士に求めなくてはならんというのは、屈辱の極みだが。……だがここにいる諸君らであれば、必ず見つけ出してくれると私は心から信じている。輝かしいアシッド人の未来を遺す。今この瞬間も死に向かっている我々の、それが責務というものだ。この作戦が成功した時。その時こそ、我々が真に魔導士からの解放を果たす時だ。解放を――真の、解放を!」
ザッ、と皆一斉に敬礼する。総統も敬礼を返し、パン、と一度手を叩いた。
「――さあ諸君、仕事を始めよう」
◇
「……如何に空論だろうが、命令が出れば出撃せねばなるまい」
「ま、そうなんですけどね。軍人ですから」
ミラはカップを置いて小さくため息をつく。
「そういえば、博士はどこに?」
「軍の研究所だ」
と、少佐は下を指す。
「あちらはあちらで、魔導兵器の研究をしているからな。たまに凡人のアイデアを見るというのもそれはそれで刺激になる、らしい」
それはまた――確かに、長くなりそうだ。
「さて」
少佐は紅茶を飲み干すと、口を開く。
「こちらも、そろそろ仕事の話をしようか。ミラ・サクナ・ライナー中尉。だが、その前にお代わりを頼めるかね」
ミラは立ち上がり、再び紅茶を注ぐ。その間、少佐は片手で端末を叩いている。
カンザス・シティ少佐の左腕は20年前の作戦で失われた。モグラ叩き――――不法居住区に突入し、
ミラは紅茶を満たしたカップをテーブルに置いた。
「ああ、ありがとう。――では、これを見給え。丁度先程、参謀本部から届いた下階層一掃作戦の概要だ」
少佐は、大型の魔導ディスプレイに情報を投影する。
――第一段階、不法居住区の数、位置、規模の把握。
――第二段階、不法居住者の集約を目的とした、スパイによる扇動活動。
――第三段階、魔導騎兵による抵抗組織排除と魔導士回収。
「……流石というか、よく考えられた、効率的な作戦だな。我が軍の参謀本部は優秀なようだ」
既に、幾つか具体的な不法居住区が判明している事にミラは驚いた。つい最近、大規模な作戦があったばかりだというのに。
「第二段階だけど……不法居住者の集約って、そんな都合良くいくかしら?」
「彼らは我々が思っている以上に、魔導騎兵を恐れている。集落が狙われていると吹き込み、人が多い場所を教えればそちらに避難したいと思うだろう。大人数が集まったところを、一網打尽にしようという訳だ」
支配者の権力が強い程、それに阿る者も多い。軍は多くの魔導士のスパイを下層に送り込み、捜索と扇動活動を行っていた。
下階層の正確な構造を全て把握している者など、この世に一人もいない。その為抵抗組織の格好の隠れ家となっているだけでなく、圧政から逃れた一般の魔導士達が、集落を構築している。その数は――無数にある、としか伝わっていない。
そこは当然魔素で満たされており、普通のアシッド人が足を踏み入れる事は不可能な『魔素空間』だ。――だからこそのスパイであり、魔導騎兵なのである。魔導鎧開発の切掛は、<魔素空間でも行動可能にするマスク>だ。そこから
「――貴官には出撃命令が発令されると、先遣部隊を率いて貰う。戦力は目標の不法居住者の数次第になるが、まぁ宝探しみたいなものだ。かなりの長期戦を覚悟しなければなるまい。なるべく消耗を避けて、最小限で済ませたいものだな」
「了解しました」
ミラは軽く敬礼をする。
「でも――本当に、見つかるのでしょうか。心臓が魔導細胞でできた魔導士なんて」
半分愚痴のような疑問だったが、少佐の返答に絶句する事になる。
「見つかって貰っては困るんだ」
「……どういう意味です?」
「そのままの意味さ。――もし、魔導心臓が軍の手に渡ったら、どうなると思うね。言葉は悪いが、この国において魔導士達は、魔導エネルギーを得る為に生かされている状態だ。それが、魔導心臓のみで全てのエネルギーを賄える事になったら、どんな事になるか……」
――魔導士が不要となる装置。
――魔導士からの解放。
総統の言葉が蘇る。
「……間違いなく、虐殺が始まるだろう」
「まさか、そこまで――」
「あの男なら、やるさ。彼は、心底魔導士を憎んでいる。やる時は、徹底的にやる。だからこそ、彼は総統なんだ」
少佐や博士の影響もあってか、ミラ自身は魔導士に対して特に悪印象も、偏見も持っていない。むしろ、自身を容姿のみで差別するアシッド人達の方に余程嫌悪を感じる。だとしても、無関係のアシッド人にまで危害を加えようなど思いもよらない事だ。いくら総統閣下だからといっても……。
「そんなことは――」
「許されない、か」
ハッとして口を押さえた。無意識に声に出ていたらしい。
「そう言ってくれると信じていたよ、ミラ。君を『発表会』に出させたかいがあった」
少佐が相好を崩すのを見て、ミラはため息をついた。
「――何をすれば良いのです?」
少佐はミラの顔を正面から見て、
「君は――魔素空間でマスクをつけないでも、平気だったな」
一瞬の沈黙。ミラの脳裏に、幼い頃の記憶が蘇る。数年振りに、義父と再会した時。どこだか分からない、地下の魔導士集落。広がる炎。泣き喚く自分。その足元に倒れている、母。
「……地下に潜れ、と?」
金色の瞳と尖った耳の他にミラが魔導士の母から受け継いだものが、魔導エネルギーに対する耐性だった。それこそ、魔導士と変わらない位に。
「そうだ。これは、君にしか頼めない。過激派の連中よりも先に、何としても魔導心臓の持ち主を見つけ出さなければならん」
「でも、いるかどうかも分からないのでは何とも――」
「その心当たりがある、と言ったら?」
少佐の言葉に、ミラは息をのんだ。
「過激派は魔導士のスパイを使っているが、穏健派は魔導士の協力を得られている、という事さ。かなり、確証のある情報だ。――この男を、捜してもらいたい」
少佐が一枚の写真をテーブルに置く。
30歳前後の若い男。モノクロの為瞳の色はわからないが、その尖った耳で魔導士と分かる。
「……誰です?」
「マクシミリアン・アンデ。通称マックス。<黒の解放軍>という、小さな抵抗組織のリーダーだ」
「<黒の解放軍>?」
思わず声が出る。魔導騎兵大隊員ならば知らないものはいない。現状で唯一といっていい程、物理的な抵抗を行っている組織だ。
「じゃあ、この男が?」
「ああ」
ミラの問に、少佐は頷いた。
「その男こそ、<魔導心臓>の持ち主さ」
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