魔導都市 ー異世界列車2ー

健人

第1話 魔導都市トレント

 目の前の魔導ディスプレイに投影されたカラフルな文字が次々に変化し、情報を伝えてくる。見慣れた光景。微妙にフォントが変わって見えるのは設計者あのジジイの趣味だろうか。最新型の全身魔導鎧フル・メイル、そのプロトタイプ。悪くない。全身を覆った装甲内を疾走はしる魔導エネルギー。心無しか、以前より巡りが良いようにも感じる。


 ふっ、とミラはマスクの奥で自重の笑みを浮かべた。27にもなる女が、全身魔導鎧フル・メイルに包まれている時が一番落ち着く、というのも如何なものか。


「中尉、間もなく予定高度です。リフターの限界ギリギリですよ」

 前席より声がかかる。


 ”空飛ぶバイク”こと魔導リフター。本来は地表2、3m程度を滑走する為のもので、現在のように50m近くの高度で使用する事は想定されていない。エンジンは唸りを上げ続けているが、その勇ましい音とは裏腹に機体には頼りなげな振動が伝わっている。


「了解。試験準備を開始する。そのまま高度を維持」

「い、維持と言ってもですね、うわっと!」

 風に煽られ、機体を跨ぐ内股に力がこもる。


「安全装置解除、飛翔準備」

 音声認識に反応し、視界の端に準備完了の表示が灯る。


「軍曹、これより飛翔実験を開始する。ウイングを展開すると後ろに引かれるから、バランスに注意しろ。合図と同時に降下開始」

「了解! ご無事を!」

 軍曹は形ばかりの敬礼を返すと、操縦桿を抑え込む作業に没頭する。


 ワイヤー装着確認、魔導エネルギーチューブ、機体との接続解除。同時に内部エネルギーに切り替え。


「離床!」


 叫ぶと同時に操縦桿から手を離し、全身の力を抜く。自動で背中からウイングが展開し、風圧で上空に舞い上がる。リフターは降下を始め、腰に固定した安全ワイヤーが一気に伸びていく。凧の状態だ。安定しているが、このままでは真の試験にならない。魔導騎兵専用の個人用パーソナル飛翔ユニット。試作7号機の実働実験が今回の目的だ。全く気は乗らないが。


「背部小型魔導エンジン、各部動作チェック」

 表示が順に、赤から緑に変わっていく。――準備完了オールグリーン

「五秒後にエンジン点火。同時にワイヤー切り離し。ワイヤー残量に留意。いいな」

「了解」

「カウント開始。3、2、1」

 スッと息を吸う。「点火!」


 ドン、と衝撃が背中から伝わり、景色が一気に加速する。慌ててワイヤーを切り離す。飛んでいるのでなく、吹き飛ばされているというのが正しい状況だ。単に真っ直ぐ進んでいるだけ。出力を制御しろ。エンジンを絞れ。でも、どれくらい? 出力を落としたら、失速するのではないか? ああもう! あの設計者クソッタレときたら、全く説明をしないのだから――。


「ワイヤー切り離し確認! 中尉! ご無事ですか、中尉!」

 返答している余裕はない。


「エンジン出力、マイナス20%! 巡航モードへ! 姿勢制御、オートに移行!」

 瞬間、逆噴射がかかり体全体を前に持っていかれそうになる。何だ? 一体何が――。首の痛みに顔をしかめつつ表示を確認すると、エンジン出力が20%になっている。

「馬鹿! 総力20%じゃない!」


 推進力を失い、落下が始まる。下方に退避した軍曹が振り返っているのが見える。

「そのまま動くな!」

 回避しようとする軍曹を留め、失速状態の制御を試みる。姿勢制御、オート確認。巡航モード、確認。システム正常。――要は、操縦の問題か。落下しながら体を捻ってみる。翼の方々から機械音がし、僅かに安定を取り戻す。


「出力80、いや60%!」

 ノズルが光を取り戻し、落下速度が早まる。リフターが急速に近づく。マスクの内側で青ざめる軍曹の顔が浮かぶ。


 明らかに、衝突コース! 動くなと言われても――。軍曹がアクセルを握る右手に力を込めようとした瞬間、ミラの身体はリフターを掠めるように回避し、機体の下を回り込んで急上昇を開始した。


「中尉!」

「……大丈夫だ、軍曹」


 ミラはようやく落ち着きを取り戻し始めた表示から目を上げた。コツさえ理解すれば、決して難しくは無い。基本的には機械が制御してくれる。上昇や下降、左右の旋回は首の角度や身体の捻り具合で行うのだ。

 見上げる軍曹に向かって軽く手を振り、ミラは闇夜に向かって高度を上げた。


「――綺麗」


 眼下に広がる宝石のような光、光、光。あるものは綺羅びやかに、あるものは仄かに輝いている。輸送艇で飛んだ事はあるが、こんな風に下を眺めた事は無かった。


 ”魔導都市”トレント。軍事国家であるドラグニ帝国の首都。夜は、いい。無骨で、愛想の無い幾何学的なビルが立ち並ぶこの街を、美しく変えてくれる。


 ――だが、あれだけは別だ。


 どうしても視界に飛び込んでくる、巨大な円筒形の建造物。それを中心に360度に広がる無数の鉄パイプ。建っている、というより”生えている”と言葉が余程当てはまるその禍々しい存在感。


 魔導高炉。トレント全てのエネルギーを賄う供給源。


「中尉。このまま行くと、指定エリアを外れてしまいます。何かトラブルでも?」

 不測の事態に備えて低空を並走する軍曹からの通信に、我に帰る。

「いや、問題無い」


 ディスプレイに地図を出し、現在地と訓練指定エリアを確認する。旋回し、エリア中央に向かう。急旋回、急上昇、急下降。予定のテスト内容を粛々とこなす。


「――良いようですな。全てクリアです」

 ディスプレイにグリーンシグナルが灯ると同時に、軍曹が言った。「回収用ワイヤーを上げます」

「いや、必要ない」

「は? 中尉?」


 テスト終了後は再びワイヤーを繋げてリフターに回収し、帰投する予定になっていた。


「せっかく飛んだんだ。エネルギー残量限界まで実験を続ける。軍曹は先に帰投しろ。あの設計者クソジジイが手ぐすね引いて待っているだろうが、直接研究棟に向かうと伝えてくれ」

「――了解しました。殴り込み、ですな」


 機首を基地へと向ける軍曹に手を振り、ミラは再び上昇を開始した。


 ◇


「この世には、二種類の人間が居る。魔導を持つ者と、持たない者だ」


 かつての王の言葉だという。魔導を持つ民族、魔導士マジシャンと、持たない民族――アシッド人。


 魔導士マジシャンは、力の個人差はあれど誰もが生まれつき魔導力を持つ。『魔導』とは何か。それは持たざる者――アシッド人――からすると超能力のようなもので、念じるだけで指先から炎や水を出し、建物や河川を軽々飛び越え、巨大な岩石を苦もなく持ち上げる。マジシャンの持つ金色の瞳と、長く、尖った耳は魔導力が強い者程鮮やかに輝き、鋭く尖る。


 同じ国内に持つものと持たざるもの、二つの民族。争いが生じない訳が無い。そして当然、支配するのは持つもの――魔導士だった。かつては。


 歴史の研究者は言う。魔導士は特別な力を持つが故に、進歩しようとしなかったのだと。進歩。創意工夫。発明、発見。その意識が決定的に欠けていた、と。


 民族融和を掲げた魔導士支配層への反乱は魔導士内の力の優劣による被差別層を巻き込み、長い内乱――内戦の時代が始まる。何度か支配者が変わるも、その全てはマジシャンだった。しかしある時、時代が変わる。


 切掛となったのはアシッド人研究者による一つの発明。


『魔導蓄力パック』、通称『魔導パック』。


 それまでその場で使用するしかなかった魔導を貯める事が可能になったのだ。それは同時に、使という事を意味していた。


 魔導を使えなかったからこそアシッド人は魔導を徹底的に研究し、ついに手中に収めたのである。その結果立場は逆転し、アシッド人が魔導士を支配する時代となった。


 それでも内戦が収まる事は無かったが皮肉にもそれが魔導の研究をさらに加速させる事になり、最終的に主権を握ったのは最も進んだ魔導研究技術を持つ軍事組織だった。組織は直ちに軍事政権を樹立し、その軍事力を背景に国内の平定に乗り出す。


 軍事力というムチと同時に用意されたのは、『マジシャン』というアメであった。政権は魔道士をスケープゴートにしてアシッド人全体の結束を高める事を優先したのである。それまで政権に協力していた魔道士達は尽く逮捕され、一般の魔道士達は次々と収容所に入れられ、魔導力吸上げの為の施設――魔導高炉に送られた。


 あまりに苛烈な排斥運動に対し、魔導士マジシャン達は多くの抵抗組織を作って地下に潜り、抵抗を続けた。そして――20年が経った。



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