王女に成りすましている紀州生まれのルシェちゃんが今日もパニクっててカワイイ

鉄人じゅす

短編

 それはある日の出来事。


 昼食をのんびり取っている俺と彼女の前に同じクラスの女子達がワラワラと集まってきた。

 手には旅行雑誌が握られており、特定のページがめくられていた。


「ルシェちゃん、ルシェちゃん」


「あら、なにかしら」


 しゃらんとプラチナブロンドの髪をかき上げて、ルシェは気品のあるスマイルでさっと言葉を返す。


 俺としては普段とは違う、別のどこかの国の王女様のような振る舞いにこういうことが営業スマイルなんだなと勉強になる。


「昨日、テレビで見たんだけど、クルサード王国のバッフェラの滝が世界遺産になったんでしょ!? ねー、ねー、どんな感じなの? この雑誌のような感じ?」


「バババ、バッフェラ!?」


 ルシェの営業スマイルは一気に崩れて口をアワアワとさせる。

 あ、こいつさては昨日のニュース見ていなかったな。


「ルシェちゃんはクルサード王国の王女様だもん。何度も行ってるんだよね!」

「いいなぁ……ヨーロッパの北海に位置する豊かな島国……日本と大違いだよ」


「お、お、……そうね。ルシェ・クルサードが答えてあげるわ!」


 あ~あ、またお決まりの見栄っ張りが出てくるのか。


 目の前にいる俺の幼馴染、ルシェは西欧に位置する小さな国の血筋を受け継ぐクルサード人ではあるが別に王女でもなんでもない。姓がたまたまクルサードなだけだ。国名と発音は一緒だがスペルが違う。

 両親は共にクルサード人だし、プラチナブロンドで碧眼で透き通るような白い肌の美少女なので勘違いされてもおかしくはない。


 ただ、両親が紀州に住み始めて結婚してルシェを産んだので、ルシェは紀州生まれ、紀州育ちのクルサード人だった。

 クルサードには行ったことがないらしい。言葉も日本語しか喋られない。


「バッフェラの滝はね! と、特に高い一段の滝なのよ。落差なんて100メートルも超えるの! 滝の入口には鳥居」


「え、海外に鳥居なんてあるの」


「はぇっ?」


 こいつ……一段で落差100m以上で鳥居があるって那智の滝じゃねぇか!

 昔住んでた所からちょっと車で走った先にあったけど……。


 俺は仕方なく口を出すことにした。


「トリーと呼ばれる民芸品が売られているんだ。国土が小さくて山が少ないクルサードにおいてバッフェラは標高が高い位置にあるから観光地として現地の住民にも好かれているんだ」


「へぇ~そうなんだ! さすが桐生くん、ルシェちゃんの召使いだけあるね!」


「お、おう……」


 この召使いという言葉が実に胸に響く。同い年だぞ……。


 俺の言葉に満足したのか女子生徒達は立ち去っていた、

 この扱いはさすがに……もう勘弁してほしい。


「なぁルシェ、あのな!」

「ごめん、ごめんねソーマ。いつも幼馴染だからソーマに甘えちゃってる。ソーマが助けてくれることすごく嬉しいよ」


 柔らかいルシェの手で俺の手は包み込まれてしまう。

 はにかみながら謝罪の言葉を口にして、俺に謝礼を言われてしまったらこちらからは何も言えなくなってしまう。


「い、いいけど」

「ありがとソーマ。ソーマが一緒にいてくれて私、幸せだよ」


 幼少時からの初恋の相手に頼られてしまったら……弱い。

 四六時中見栄っ張りで性格悪かったら俺も文句を言いやすいのだけど2人きりの時だと素直になってしまうため文句も消え失せてしまう。。


 俺、桐生きりゅう颯真そうまは6歳まで日本で暮らしていたが、親の事情で外国へ経ち、高校一年生を境に日本に帰ってきた。

 ルシェとは紀州時代に家が隣で6歳になるまで毎日ずっと一緒に遊んでいた幼馴染だった。

 家庭の都合で日本に帰ってきて高校生活を始めた頃に紀州から上京してきたルシェと再会。昔からかわいいと思っていたが成長して100倍以上可愛くなってた。


 絶対、俺のことなんて覚えてないと思ってたけど。


――ソーマ、ソーマだよね! ルシェだよ! 10年ぶりに再会できるなんて……嬉しい!

 ――今日から同級生だね。また昔みたいに一緒に遊ぼ!

 ――ご飯一緒に食べよ! あ、帰りも一緒がいいな。

 ――私、雷が怖いの。ソーマ、一緒にいて……。


 惚れるだろこれ。

 10年前の俺を覚えていて好意的に接してくれるかわいい幼馴染とか惚れるに決まってるじゃん。


「でも、10年ぶりにあった幼馴染が王女様になってるとは思わなかったな」

「ごめんね。いつも一緒にいるからソーマに召使いってことになっちゃって」


 ほんの些細な冗談から始まり、ルシェがクルサードの王女様ということが高校中に知れ渡っていた。俺との関係は幼馴染という情報が先行した結果、召使いとすることで理由付けが可能となったのだ。

 そしてルシェのポンコツ王女のフォローにまわる必要が出てくるハメになるとは思ってもみなかった。


 ◇◇◇



「ルシェちゃん、ルシェちゃん」

「ふふ、慌てなくても私はここにいるわ」


 猫かぶりもお手の物である。入学時からずっとバレずにいるのはさすがだと言えよう。


「クルサードって農業国なんだっけ! やっぱりオレンジが取れるの?」


「え、えーと……どうだっけな」


 一瞬でパニクって顔が崩れる。

 ルシェは社会の成績が壊滅的で俺がクルサードのことを教えても全然覚えやがらない。

 よくこれで猫被りがバレないなって本当に思う。


「そ、そうなの。収穫作業とか大変なんだよ。虫は出てくるし、摘果とかしないといけないし……傷があるものは出荷」

「ルシェちゃん王女なのに収穫とかしたことあるの?」

「あんげっ!」


 お隣さんがみかん農家だったからなぁ。よく収穫とか摘果の作業を手伝ったっけ。

 俺が日本を出て行ってからも変わらず手伝っていたんだろう。


「クルサードに特産物って何があるの?」

「えーとえーと、ツリーエブリーっていう植物があってね。クルサードで育てているのよ!」


 うん? そんな植物あったか? 聞いたことないぞ。

 ツリーエブリー……漢字に直すと?


「それをたくさん瓶詰めにして氷砂糖とウィスキーを摘めて冷暗所に保管しておくのよ。そうすると特産物の出来上がり!」

「そうなんだぁ。ルシェちゃん物知り」

「当然でしょ。王女だもん」


 おぅ……それどう聞いたって梅酒の作り方だよな。

 おまえの知識は紀州しかないのか!



 ◇◇◇


 でもそれは唐突にやってきた。

 地理の授業の一幕である


「オランダの首都、アムステルダムやデンマークの首都のコペンハーゲンと結びつきが強いクルサード国のクルサードは人口と土地が少ないながらも……」


 西欧の授業にもなってくるとクルサードのワードがちょくちょく出てくる。

 まぁ……小国のクルサードなんて大きな歴史があるわけでもない。


「えっと……クルサードの第2の都市ってミルヴァナとカリギュナどっちだったか……。どっちの方角だったっけ」


 地理の先生が話の流れで詰まり始めた。


「ルシェちゃん、答えてあげなよ!」


「ふえ!?」


 突然のルシェへのパスにいつものようにパニックになりながらうーんと唸る。

 ルシェとは席が離れているのでアトバイスが出来ない……。

 ルシェは体を震わせていた。


「うぅ……」


「ルシェちゃん分からないの?」


「おいおい、王女なのにマジかよ」

「国民が可哀想だなぁ」

「本当に王女かよ」


「っ!」


 ルシェはぎりっと野次った男子を睨み付けた。

 涙目になリながらも顔を紅くして……必死に耐えている。


「……ミルヴァナがそうだ」


 そんなルシェが見ていられなくて俺は思わず口に出していた。


「クルサードだって都市は30以上もある。しばらく帰ってないルシェが間違えるのは仕方ないだろ」


「だけど普通間違えるかぁ?」


 頭の悪そうな男子がつっかかってくる。


「じゃあおまえは大阪と神奈川、どっちの人口が上か知ってんのかよ」


「え……どっちだっけ」

「どっちが鳥取でどっちが島根かも分からない。県庁所在地もロクに覚えてない日本人が言えることじゃないぜ」


 矛先を俺に集めることで何とかルシェを守ることができた……。

 だけどルシェは悔しそうに佇んでいた。


「もう……そろそろ限界だろ」


 昼休み、さきほどの件を振り返りルシェに声をかける。


「うん。でも……」

「王女になってチヤホヤされたいわけじゃないだろ。王女じゃなくたって……」


 ルシェは学園でもぶっちぎりの美貌を誇っている。王女なんて属性を付けなくても充分だ。



「違うの。違うんだよソーマ」


 ルシェは振り返る。


「ソーマも知ってると思うけど、この学校……男子が多いでしょ」


 この学校は元々は男子校で近年、共学になったらしい。

 だから男女比も5対1くらい差がある。


「女の子は気が弱い子ばかりなの。でも私が王女として振る舞えば……数多い男子にだって対抗できる」


 もしかしてルシェは女子達を守ろうとしていたのか。

 王女という威厳を被ることによって男子から権利を勝ち取ろうと思っているようだ。

 確かに男子達は王女ということで気後れしているように思える。

 何か対抗できなければ女子は言われっぱなしの存在となる。


 俺の知っているルシェは引っ込み思案で泣いてばっかりの子だった。

 だけど……いつのにまにかルシェは俺の思うよりもずっと成長していたらしい。


「分かった……。できる限り手を貸してやるから」

「ありがと! ソーマが一緒にいてくれて本当によかったぁ」


 ああ、そんな目映い笑顔で見ないでくれ。……ますます好きになっちまう。

 ただの幼馴染の関係じゃいられなくなる……。


 そしてさらなる危機が訪れた。


「修学旅行先はクルサード王国です!」


「ちーーーーん」


 ルシェの口から魂が出た気がした。





「どうしよ、どうしよ! 絶対バレちゃう。どうしたらいいの! 修学旅行まえに王女にならないと!」

「一つだけ方法がある」

「あるの!?」


 俺は懐から二つのチケットを取り出した。


「夏休みに一緒にクルサード王国に旅行……じゃなくて下見に行かないか」

「ふぇ?」

「両親が送ってくれたから……よかったら。いや、嫌だったらいいんだけど」


「行くっ!!」




 ◇◇◇◇◇◇



 私、ルシェ・クルサードは幼馴染の桐生きりゅう颯真そうまとクルサード王国へ行くことになってしまった。

 脊髄反射で行くって言ってしまったけど……2人きりの旅行だよね……。

 海外初めてだけど……大丈夫かな。


 私は昔からソーマのことが大好きだった。

 引っ込み思案で外に出たがらなかった私。

 クルサード人なのに日本文化と言葉しか喋られない私は幼稚園でも奇妙な眼で見られていた。

 そんな私をソーマは助けてくれて、いろんな所につれていってくれたのだ。


 6歳になってソーマが海外に行った時はすっごく落ち込んだけど……初恋の思い出を胸に今日までしっかりと生きてきた。

 そして高校生となって帰国したソーマと再会した。


 背が大きくなって、声が低くなって……すっごくドキドキした。

 王女を騙っていたノリで召使いなんて言っちゃったけど……本当は王女がバレてもよかったんだ。

 ソーマと設定でもいいから深い関係でいたかった。王女と召使いの関係でもいいからつなぎ止めたかった。


 海外旅行は初めてで飛行機に乗るのもドキドキしている。

 クルサードまで14時間……。長い旅路になりそう……。


 隣の席に眠ってしまっているソーマに……いつも私を助けてくれるソーマに……いつか好きだって言えるかな。


 日本語では言えないけど……母国語だったら今すぐに言えるかな。

 発音下手だけど、この言葉だけは覚えたんだよ。


「ねぇ、ソーマ……。――――。」



 気付けばあっと言う間にクルサード王国についていた。


「ねぇ、ソーマ。どこへ行くの?」


「観光もしたいけど……先に行きたいとこがあるから来てくれ」


 いつもは優しいのに今日のソーマは強引だ。

 私の手を引っ張ってずんずんと進んで行く。

 ……それにしてもソーマ、初めて来るはずなのに看板とかまったく見ずに進んでいるなぁ。

 空港の職員さんには英語かな……? 慣れた言葉でペラペラ話をしてるし……。


 ソーマはずっと外国育ちだからクルサードにも行ったことがあるのかもしれない。

 タクシーに乗せられた私とソーマは30分ほど車で走り、変な所に連れてかれた。


「なに……ここ」


 それはものすっごく大きな宮殿だった。

 ここはクルサード王国首都クルサードなのは知っている。

 いや、でも……もしかしてここが宿泊するホテルだったり?


「ルシェ、行こう」

「う、うん」


 なおも私の手を引っ張るソーマ。成長した幼馴染の手はとっても大きくて暖かかった。


 宮殿の中に入ったソーマと私をファンキーな格好をした焼けた肌のクルサード人が出迎えてくれる。

 すっごく馴れ馴れしくソーマに抱きついていた。


「いきなり抱きつくなよ、もう! って日本語は分からないか」


「あ、あの……ソーマ?」


「なに」


「その人は……どなた?」


「俺の親父」


 うん、何とかそう思ったよ。

 肌の色は違うけど顔の作りとか雰囲気とか似てるなぁって思ってたし。

 じゃ……じゃあ。


「どうして……王冠をしてるの」


「……うちの親父がクルサード王国の王だからだよ!」


「ええーーーーっ!? 私そんなの知らない! じゃあソーマは……王子様だったの! 私聞いてない!」


 ソーマも私の大声にびっくりしていた。


「俺だって6歳までは知らなかったんだ。 ……桐生颯真は母方の名で本名はソーマ・リクレイヌ・キリュウ・クルサードなんだ。俺は日本経ってから10年間……ずっとクルサードにいた」


「じゃあクルサードに詳しかったのは住んでいたから?」

「そうだよ! 俺からすれば日本語を勉強する方が大変だった!」


「じゃあ……どうして日本に戻って来たの?」

「王家では16になったら妻になる人を探しにいかなきゃだめで……それで思い浮かんだ人が1人しかなくて……」


 少しずつ顔を紅くするソーマの言葉を噛みしめて、私の胸がドキリドキリとする。


「もしかして……私がいる学校に来たのは」

「探偵とか使ってめっちゃ探した。紀州にはもういないって聞いたから……偶然じゃない」


 初恋の人だったソーマがある日、同じ学校のクラスになってキャラも忘れて喜んでしまったのだ。

 それくらい私にとって嬉しい出来事だった。


「その……ルシェが俺のことを……その好きって言ってくれたのが嬉しくて……すぐここに連れてきたかったんだ」

「え? 私……ソーマに好きって言ったっけ」


 あれ、全然覚えがない。好きだけど好きなんて大それた言葉を言った記憶がなかった。


「言ったじゃないか! 俺表情筋が崩れるのに必死だったんだぞ」

「だって……その……覚えが!」

「飛行機で俺に向かってクルサード語で好きって!」


「あ」


 言った。間違いなく言っていた。


 ソーマはブルブルと震えだしてしまった。


「お、俺の勘違いだったのか。好きな子を……親に会わせてまで……」


「好きだよ」


「え……?」


「日本語で言えばよかったね……。ソーマのことを……いつも助けてくれるソーマのこと大好きだって」


「ルシェ……。っ!」


 ソーマが私の両手を包み込むように掴んだ。

 立ったままの私にソーマは膝をつく。


「俺……ルシェを王女にしてあげられないけど……」


 膝をついたソーマが私に向かって見上げた。



「王妃にはしてあげられる」


「……」


「だから俺の婚約者になってください」


 その言葉に私は涙ながら頷いた。


 答える言葉なんて1つしかない。


「はい、よろこんで!」


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