6-6.

 リズの視線の先には令嬢達と踊るロイドがいた。

 リズはそんなロイドに強いショックを受け、今にも泣き出しそうな顔をしていた。


 立ち尽くすリズの姿にマリーベルは微かな胸の痛みを感じた。



「聖女様。」


「あ、はい。」



 ジェイクに話しかけられ、マリーベルは意識をリズからジェイクに移した。



「実はロイドに嫉妬していました。」



 ジェイクのマリーベルの腰に回している手に力が入る。



「何故殿下は俺ではなく、聖女様の婚約者をロイドにしたのだと。」


「・・・・・・。」



 告白とも言えるジェイクの言葉にマリーベルは眉をひそめた。



「こんな所で何を言い出すのです?ジェイク様は多分疲れておられるのですね。お互い休憩しましょう。」


「ずっと前から俺の気持ちに気付いていたのではないですか?」


「貴方は私に何を言わせたいのかしら?」



 マリーベルはジェイクの発言を不快に感じた。


 公爵家で第二王子派閥派の令息であるジェイクは、ギルフォードの側近の1人なのでマリーベルとはそれなりの交流があった。


 ジェイクは主であるギルフォードに遠慮し、マリーベルとは挨拶や体調を気遣う言葉や天気の話などの軽い会話をする程度にとどめてはいたが、ジェイクの熱い視線や態度からはマリーベルへの明らかな恋愛感情が表れていた。


 そして男性からの好意に慣れていたマリーベルは、ジェイクの事を自分に好意を寄せる大多数の内の1人としか思っていなかった。

 


「ジェイク様には婚約者がいたと思うのですが、あまり不躾な発言は控えた方がよろしいかと。」



 マリーベルの言葉をジェイクは鼻で笑った。



「よくある愛の無い政略結婚です。それに心までは他人でも操る事はできません・・・俺の貴女へ対する深い愛もね。」



 ジェイクはロイドと家柄も年齢も第二王子の側近で跡取りという立場も同じで、異性を虜にする美しく整った美貌の持ち主という点においても同じだった。   

 それ故に2人は自然とライバル関係になっていった。

 

 そしてジェイクとロイドにはもう一つ似ている境遇があった。

 それは伯爵令嬢の婚約者がいる(いた)所である。


 似たような境遇の2人だがジェイクとロイドが圧倒的に違う所は、ロイドは婚約者の伯爵令嬢を大切にしていたのに対して、ジェイクは婚約者を邪険に扱い冷たく接している所だった。


 ジェイクは子どもの時に城でマリーベルを見たその日から、マリーベルにぞっこんで、自分の婚約者と比べては婚約者を蔑ろにしてきた。


 マリーベルはジェイクが婚約者にどのように接しているかは知らないが、ジェイクの言動からして想像に#難__かた__#くなく、心の中でジェイクの婚約者に同情した。



「やはりお疲れのようですね。わたくしも休憩しますので離してくださいませんか?」



 マリーベルはダンスを止めてジェイクから離れようとした。


 だがジェイクは、マリーベルの腰に回している手と重ねている手をガッチリ掴んで離さなかった。



「離しませんよ。いつも殿下に遠慮して貴女と踊れなかったのですから。貴女と踊れる日をどんなに待ち侘びていた事か。」



 ジェイクは掴んでいるマリーベルの腰と手にギュッと力を入れた。


 掴んでいる部分に痛みを感じ、微笑みが崩れそうになるマリーベル。


 マリーベルは心の中でジェイクを睨んだ。



「今日は俺にとことん付き合ってもらいますよ。」



 そしてジェイクはグイッと勢いよくマリーベルの身体の向きを変えさせた。



「(ちょっ!!?)」



 遠心力で足元がフラつき後ろに倒れそうになる寸前に、マリーベルの腰を掴むジェイクは勢いよく自分の胸にマリーベルを引き寄せ身体同士がぶつかりそうになった。

 信じられないという顔をするマリーベルにジェイクは得意げに笑う。



「(この男!!)」



 単純な力比べでは聖女といえども男性に負けてしまうマリーベル。



「離してください。」



 音楽で多少の会話はかき消されるが、大きい声を出せば周囲に聞かれてしまうのでマリーベルはジェイクに強く言えないでいた。



「俺の方が貴女に相応しい!」



 マリーベルのドレスがバサリと大きく揺れ上がる。


 周りの貴族達はマリーベルとジェイクが息のあったダイナミックなダンスをしているように見えているようだ。


 今度はガクンとする強い衝撃をマリーベルは感じた。



「(くっ!)」



 とうとうマリーベルのいつもの微笑みが崩れた。

 マリーベルの顔色は徐々に悪くなっていく。



「ジェイク様、離してください・・・。」



 ただでさえ食べ物を受け付けない身体で体力の無い今のマリーベルには激しいダンスはキツかった。


 ジェイクは念願のマリーベルとのダンスに気分が高揚して1人で楽しみマリーベルを振り回す。



「(気持ち悪くなってきた。)」



 振り回されて体調が悪くなってきたマリーベルに気付かず、自分の世界に入り込んで楽しんでいるジェイクにその声は届かない。


 マリーベルは操り人形のようにジェイクに弄ばれていた。



「(こんな事ならロイドとずっと踊っていた方がマシだったわ。)」



 横目でチラリとはしゃいでいる令嬢達に振り回されてあたふたとしているロイドの姿が目に入る。



「(これも因果応報なのかしら?)」



 今では自分が振り回されている現状にロイドとだけ適当に踊っていればよかったとマリーベルは後悔していた。

 そして振り回されているロイドを見て楽しむつもりが、自分が振り回されている事に意地悪も程々にしないといけないと反省する。

 

 

「(耐えるのよマリーベル・・・せめて曲が終わるまでは。)」



 今流れている曲が終わった所でジェイクが解放してくれるか分からないが、マリーベルは意識が薄れていくのを感じて必死に耐えていた。




「(怒ったり暴れたりしたらダメよ。ロイドに友好関係を広げなさいなんて偉そうに言ったじゃない。ここで怒ったら全て台無しになるわ。)」



 今にもお得意の風の魔法が出そうになるの耐えていた。


 同じ第二王子派閥の公爵家の令息でジュリアの兄なので仲良くする必要があると感じてはいるが、告白紛いな台詞や身勝手なダンスなどでジェイクの事を最低で身勝手な男だと嫌いな男性の部類にカテゴライズした。


 もうすぐ曲の終わりを感じたマリーベルは、今度こそジェイクから離れようとしたが、突然ジェイクがマリーベルの身体を自分の胸に引き寄せ顔を一気に近づけてきた。



「(えぇ!!?)」



 あっという間の事でキスを奪われると思った瞬間。



「はい、ストーップ。」



 ジェイクの口が後ろから伸びてきた手により塞がれた。

 その手のお陰でマリーベルはジェイクとの公然のキスを免れたのだった。



「君調子に乗り過ぎだよー。」



 ジェイクの背中に乗っかるように体重を預け、ジェイクの耳元で間の抜けたような声で囁く人物。


 その人物の顔を至近距離で見てジェイクは思いきり顔をしかめた。



「俺一応王子なのにそんな顔されると傷付くなぁ。」



 頭から爪先まで全身白のシャルル第一王子がいた。



「君もわっかりやすいね!ロイド・ハーレンと同じだぁ。」


 

 シャルルのその言葉にジェイクは顔を歪めた。


 背中に乗っかっているシャルルを振り払うように無礼にもドンッとシャルルを軽く突き飛ばすジェイク。

 

 そんな無礼なジェイクを気にすることなくシャルルはにんまりと笑っている。


 突然のシャルルの登場にパーティー会場はざわつき始めた。



「ダンスの邪魔をするなんてどういうつもりですかシャルル第一王子殿下?」



 ジェイクがキッと鋭く睨むがシャルルは何とも思ってないように笑っている。



「そんな怖い顔しないでよ~。俺はただベルちゃんを助けようとしただけ。」



 シャルルはジェイクに近づき小声で囁いた。



「はしゃぐのも分かるけどベルちゃんに無理させてんじゃねーよ。嫌われちゃうよ?」



 シャルルの言葉にジェイクはやっとマリーベルの顔色が悪いことに気付いた。

 マズイと思ったジェイクは焦った様子でマリーべルに手を伸ばす。



「申し訳ありません聖女様!貴女とのダンスが嬉しくてつい・・・。」



 だがジェイクの伸ばした手をマリーベルはパシッと簡単に払い除けた。



「反省しているのはダンスのことだけでしょうか?」



 笑顔で怒っているマリーベルに自分の行いがマズかったことに気が付きジェイクはあたふたとする。

 ジェイクはマリーベルとの念願のダンスに浮かれて調子に乗ってしまったのだ。



「あの、そのっ!」


「もういいですわジェイク様。シャルル殿下が止めてくださったので大事には至りませんでした。」


「俺は、ただ、貴女と踊れたことが嬉しくて!」


「では気分が悪いので失礼致します。シャルル殿下、助けて頂きありがとうございます。」


「いえいえ~。」


「では。」



 マリーベルは踵を返してダンス会場を出て行く。

 マリーベルの後を急いでサラとレイモンド先生に何処か似ている中年男性も付いて行った。



「なんで貴様がここにいる!」


「シャルル来てくれたのぉー?」



 シャルルが会場に現れたことに怒りの表情をするギルフォードと嬉しそうなメイヤ。



「弟の婚約パーティーがただ気になっただけだよ~。はいはい俺はとっとと出て行くから。」



 シャルルは手をひらひら振って会場から出て行った。

 そしてジェイクは自分の行いを後悔して拳をギュッと握り俯くのだった。


 シャルルの登場でダンスが中断され、会場はしばらくザワついたが徐々に賑やかなパーティーに戻っていった。



「申し訳ありませんが、婚約者の元に行かなければならないので失礼します。」



 そして令嬢達と踊っていたロイドは、突如としてダンスがシャルルにより中断された事により、マリーベルが会場から出て行く姿に気付いてマリーベルの後を追って自身も会場から出て行った。


 廊下にいる給仕にマリーベルの居場所を聞くと、別室で休んでいるとのことだったので給仕にその部屋まで案内してもらう。


 その部屋のドアを開けると、ソファにもたれかかっているマリーベルとマリーベルを心配そうに見つめるサラと見知らぬ中年男性がいたのだが、その男性が聴診器を首から下げているので医者だとわかった。


 部屋に入ってきたのがロイドだと気付いたサラはズンズンと怒りを露わにしながらロイドの前まで来た。



「なんで助けてくれなかったんですかッ!!」


「は?」



 目に涙を溜めて睨みつけてくるサラにロイドは意味がわからなかった。



「ブラッドベリー公爵令息に振り回されていたマリーベル様を何故助けなかったのですか!?しかもあの方はマリーベル様にさらに無礼を働こうとしました!私の身分でブラッドベリー公爵令息とのダンスに乱入をしてしまったら後日さらにマリーベル様にご迷惑がかかってしまうので助けられずにやきもきしてたというのにっ!」



 サラは顔色がどんどん悪くなり振り回されている主人を助けに行けないことに悔しく思っていた。

 フラフラしているマリーベルに顔を一気に近付けたジェイクの行動に悲鳴を上げそうになった瞬間、止めに入ったのがシャルルだった。


 マリーベルをダンスで振り回して大勢の前でキスをしようとしたジェイクが1番許せないが、ジェイクと同等、それ以上の立場であるロイドならジェイクから直ぐにマリーベルを助けられたのにと、ロイドにも腹立たしさをサラは感じていた。



「貴方という方は令嬢達にデレデレしてバカなのですか!マリーベル様の危機に貴方は何をしているのです!」


「デレデレなどしていない!」


「どうだか!」


「2人共辞めなさい。」



 サラとロイドの口喧嘩が始まりそうになった所でマリーベルから制止が入る。



「私がロイドに御令嬢達の相手をさせた事が悪かったの。体調が悪いのにロイドとのファーストダンスだけで終わっておけば良かったのよ。」



 マリーベルはため息をついた。



「マリーベル様は悪くありません!令嬢達とダンスをしつつも、離れた場所にいる婚約者を気にしながら令嬢達の相手をするのが普通かと!いくら令嬢達に振り回されていたとはいえ、別の男性に振り回されている婚約者を助けないなんてありえません!」



 サラの言葉に反論したいロイドだったが、サラが言う事が最もなので悔しそうに口をつぐんだ。



「こら君達議論は辞めなさい。聖女様が休めないだろ?伯父上からだいたい話は聞いているが、聖女様は壁の花に徹するように伯父上から言われていたのに、令嬢達とのおしゃべりやダンスに無茶をした聖女様が悪いのですよ?貴女の立場もあると思い遠くから見守っていた私の責任でもありますがね・・・。」



 レイモンド先生の甥である現役宮廷医師のアルヴァス・レイモンドは伯父の頼みでマリーベルの体調を気にしていたが、マリーベルの立場もあると思い見守ることにしてしまったせいで体調が悪くなったので己の不甲斐なさにマリーベルに申し訳なく思っていた。



「すみません。大丈夫だと思ってたかを括っていました・・・こんなに疲れるなんて思わなくて。」


「聖女様のお立場でしたら壁の花でいることも無理でしょう。仕方のないことです。」



 アルヴァスはチラリとロイドを見た。

 レイモンド先生からマリーベルがされた仕打ちをそれとなく聞いているアルヴァス。

 その視線に気付いたロイドは気まずくなって目を逸らした。



「ロイド、リズさんに会いに行ってもいいわよ。」


「マリーベル様!?」



 ロイドはバッとマリーベルを見た。

 信じられない言葉にサラは驚きの声を上げる。



「どうして、ですか?」


「貴方わかりやす過ぎるのよ。ダンス中にリズさんを目で追っているし、令嬢達に振り回されていてもどこか上の空でリズさんをチラチラ見ているのですもの。」



 ロイドは顔を真っ赤にした。

 ダンスで振り回されながらもリズを常に気にしていた。

 だからジェイクに弄ばれていたマリーベルに気が付かなかったのだろう。



「心配なんでしょう?会ってくればいいわ。まだ王宮に居るか分からないけど・・・・・。」



 ロイドは数秒固った後にマリーベルに背を向けた。



「ありがとう、行ってくる。」



 そしてロイドは勢いよく部屋から出て走ってリズを探しに行った。



「良いのですかマリーベル様?」


「良いのよ。たまには飴も必要でしょ?」



 マリーベルはニコリと微笑んだ。



 


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