6-5.
ジュリア・ブラッドベリー。
ゴージャスな金の縦ロール。
パッチリとした吊り目がちなルビーの瞳。
陶器のような白い肌。
煌びやかで派手な容姿のジュリアは絵に描いたような貴族の美しい令嬢であった。
ブラッドベリー家は公爵家であり、ハーレン家の次に広大な領地を所有している。
歴史はハーレン家より浅いが有能な人間を幾人も輩出しており、多大な功績を上げてきた。
現在のブラッドベリー家の当主は外交官であり、第二王子を支持する派閥に所属している。
同じ公爵家であるハーレン家とはライバル関係でもあるが、第二王子派の同じ派閥の仲間として最低限の協力関係にあった。
そしてジュリア・ブラッドベリーは第二王子の最有力の婚約者候補である。
婚約者ではなくあくまで候補の立場であり、何らかしらの理由でギルフォードの婚約者が居なくなった場合には、ジュリアがギルフォードの婚約者に据えられる予定となっている。
ちなみにマリーベルが現れるまでは、ジュリアとギルフォードとの婚約がほぼ決まっていたとか・・・。
ちなみにもしもの時(ギルフォードの婚約者がいなくなった時の事)を考えてジュリアは他の令息とは婚約しておらず、ギルフォードが学園を卒業するまでに婚約者に選ばれなかった場合、ジュリアは他の令息と婚約する予定になっている。
「ママママ、マリーベル様っ!ここ今度わたくしの家でお茶会がありますの!マリーベル様も参加してくださいませんか?」
「是非参加したいです。同世代の令嬢とお茶会なんて初めてだからとても楽しみですわ。」
「ホ、ホントですの!?嬉しいですわ!全身全霊でマリーベル様をおもてなししますわっ!」
マリーベルが現れなければギルフォードの婚約者は公爵令嬢のジュリアだったのだが、その事についてジュリアはマリーベルに嫉妬したり恨む事はなかった。
当初は平民出の少女がジュリアを差し置いてギルフォードの婚約者になった事に、ブラッドベリー家の人々や幼いジュリアはとてもご立腹であった。
だが、マリーベルの姿を見てその怒りは収まってしまった。
『負けた。』
ジュリアはマリーベルを見て、婚約者の座を争う前から負けを悟ってしまった。
ジュリア以外のブラッドベリー家の人々も、マリーベルのあまりの美しさに文句の言いようがなかった。
そこに居たのは人間味の無い神秘的な美しさの不思議な少女。
天使や妖精がいたらこんな顔をしているのだろうなとジュリアは思った。
『わたくしと同じ生き物?こんな美しい生き物がいるの?』
ジュリアも高級人形のような煌びやかな美しさのある美少女だったが、自分のようなただの人間が天使や妖精などと容姿を比べるなどおこがましいと思ってしまったのだ。
そしてジュリアは王子様の隣は自分よりもマリーベルが相応しいと感じ、一目でジュリアの中でマリーベルは憧れで尊敬すべき存在となった。
それ程までにマリーベルの存在はジュリアにとって衝撃的であった。
本当はずっと前からマリーベルとお友達になりたかったジュリア。
ジュリアは何度も何度もお茶会の招待状をマリーベル宛に出していたのだが、王妃教育で忙しいという理由で全部王妃によって断られていた。
次第に招待状を送るのを辞めてしまい、マリーベルとお近づきになるのを諦めていたジュリアだったが、まさかマリーベルの方からお友達になりたいと言ってくれたので内心大ハシャギと緊張で言葉が噛み噛みになった。
「それにしても王命でハーレン公爵様とマリーベル様がご婚約になったと聞いた時には驚きましたわ!王妃になったマリーベル様を一生見られないと思った時はとてもショックでしたが、今日ハーレン公爵様と並んだマリーベル様の姿を見て確信しました!」
マリーベルとロイドが並んでいる姿を思い出してうっとりとするジュリア。
「まるでエルフの番のように美しいお2人・・・お2人はとてもお似合いで結ばれる運命にあったのだと確信しましたの!あの地味でパッとしないリズ・アージェントよりもマリーベル様の方が誰よりもハーレン公爵様に相応しいと感じましたわ!」
ジュリアの熱弁に他の令嬢達もうんうんと頷いている。
「そうかしら?ありがとう。(この子正直な子ね。公爵令嬢だから何でも言える立場なのかもしれないけど。まぁ、好意的に見られているに越した事はないわ。)」
本人の目の前で、デリケートな問題について正直になんでも口にするジュリアにマリーベルは関心した。
しかもさり気なくロイドの元婚約者(白紙になったので厳密には元恋人)であるリズを貶すジュリア。
そしてリズがロイドに相応しくないとイジメていた筆頭がジュリアだった。
ジュリアは典型的な悪役令嬢であるが自分が勝てないや凄いと認めた相手に対しては好意的に接し積極的に仲良くなろうとする。
それ以外の認められない相手に対してはイジメたり排除するような性悪な悪女であった。
もちろん今日お披露目されたギルフォードの新しい婚約者のメイヤに関しても全く認めていなかったが、常にギルフォードと一緒にいる為に手が出せないでいた。
「そしてこれからはマリーベル様とたくさんお話しできると思うと幸せですわ!」
キラキラしたルビーの瞳でマリーベルを見つめるジュリア。
前からジュリアがマリーベルに好意的なのは知っていたが、ここまで好意的とは思わなかったマリーベルは多少引いていた。
それからジュリアとマリーベルを中心に令嬢達は会話に華を咲かせていた。
しばらくするとファーストダンスの音楽が流れ始めた。
「そうだ。皆様にお願いがあるの。」
令嬢達の視線がマリーベルに集まる。
「もしよろしければ私とロイドがファーストダンスを踊った後に、ロイドと踊ってくれないかしら?」
マリーベルのその言葉に令嬢達は「え?」と目をパチクリさせる。
「ほら、ロイドってリズさんしか女性を知らないでしょ?だから女性の扱いに慣れてなくて女心が分からな過ぎて困る事があるの。婚約者になって2ヶ月経つけどロイドとの距離を感じるのよね・・・まだリズさんの事が忘れられないみたい。」
マリーベルが悲しそうに目を伏せるとジュリアや令嬢達も悲しそうな顔になった。
「だから女性に慣れる為に荒治療でロイドと踊ってくれないかしら?そうすれば多少は私にも慣れてくれると思うの。お願い・・・。」
「任せてください!わたくし達と踊ればきっと女性にも慣れてリズ・アージェントの事なんか忘れてしまいますわっ!」
ジュリアは両手でマリーベルの手を握った。
他の令嬢達もわたくしも!とロイドと踊る気満々だ。
そんな令嬢達にマリーベルはありがとうと綺麗に笑った。
まるで婚約者公認の浮気を許しているようなマリーベルの発言。
もちろんこれにはちゃんと意味がある。
氷の貴公子と呼ばれているロイドの容姿には価値があり、令嬢達に絶大な人気がある。
その上今までリズ・アージェント以外の令嬢と踊った事もないロイドとのダンスは、さらに価値が跳ね上がっていた。
マリーベルという婚約者がいてもなおロイドは大人気だ。主に顔が。
だからマリーベルは仲良くなった令嬢達に、ロイドとのダンスという良い思い出というお土産を渡して令嬢達との仲を深めようと思ったのだ。
それっぽい理由を並べてロイドに相談もなく、ロイドと令嬢達とのダンスを取り付けたマリーベル。
案の定マリーベルのお願いに令嬢達はキャアキャア喜んだ。
「(貴方が大変なのはこれからよ。)」
マリーベルは引き攣った笑みで令嬢達と踊るロイドを想像して面白がっていた。
「ロイド、踊りましょう。」
突然のマリーベルからのダンスの誘いにロイドはギョッとした。
ロイドは今まで関わった事のなかった令息達との会話が思いのほか楽しく盛り上がって所に、マリーベルからの突然のダンスの誘い。
ロイドと仲良くなった令息達は近くでみるマリーベルの美しさに石の様に固まっていた。
踊るなんて話は聞いてなかったロイドは戸惑っていた。
だけど周囲の人が見ている中、婚約者であるマリーベルのダンスを断るなんてできない。
ロイドは覚悟を決めるとマリーベルの手を取りホールの中心へと歩いていく。
ロイドは恐る恐るマリーベルの細い腰に手を回した。
自然とマリーベルがロイドを見上げる形になる。
ロイドはなんだかだんだん緊張してきた。
「ロイドから心臓の鼓動が伝わってくるのだけれど緊張してるのかしら?」
「そんな事は・・・。」
マリーベルはふふっと笑った。
ゆったりとした曲に合わせて揺れる美しいカップル。
会場にいるほとんどの人間が美しいカップルに目を奪われていた。
「ああ、言い忘れていたわ。」
マリーベルの言葉にロイドは首を傾げた。
「私とのファーストダンスが終わった後に、私とお友達になった令嬢達と踊ってもらうから。」
はぁ!?と大きな声をあげそうになった瞬間、マリーベルにヒールで思い切り足を踏んづけられるロイド。
「ッ!聖女様いい加減にーー』
マリーベルはロイドが言い終わる前に、またしてもロイドの足を思い切り踏んづけた。
「ッ!!」
ロイドは痛みに顔を歪めるが、周囲の目を気にして足を止めずに痛みに耐えながら踊り続けた。
「酷い顔になってるわよ?それに私を名前で呼ぶように言ったじゃない。ロイドって私が言った事何一つ出来ないのね。」
ロイドはマリーベルを睨むしかできなかった。
「なぁにその顔?文句あるの?ロイドの癖に。」
そんなロイドを見下したように笑うマリーベル。
「いっそ今ここで喧嘩しましょうか?お互い日頃の鬱憤が溜まっているでしょ?ロイドは私にリズさんと別れさせられた恨み。私は聖女なのにロイドとお義母様と元使用人達にーー」
「申し訳ありませんでした。すみませんでした。だからこんな所で辞めてください。」
ロイドは早口で謝り無理矢理この場を収めるしか無いと思った。
「分かればいいのよ。だけど、つまらない男ね。」
「(はぁ・・・早く屋敷に帰りたい。)」
マリーベルとロイドの会話は音楽によりかき消されていた為に周囲に聞かれる事はなく、マリーベルの美しい微笑みによってロイドとの多少のいざこざは誤魔化され周囲に不仲がバレる事はなかった。
ファーストダンスが終わり次の曲に変わると、マリーベルはロイドの手を引っ張りお友達になった令嬢達の集団の元へ連れていった。
「では皆様、ロイドをよろしくお願いします。」
キラキラとロイドを見つめる令嬢達。
その中にはリズを1番イジメていた大嫌いなジュリア・ブラッドベリーの姿があり、ロイドの顔は今日1番に引き攣った。
「ではハーレン公爵様!まずはわたくしと踊りますわよっ!」
ジュリアはロイドの腕を掴むとホールの中心へと走って行った。
「ふふっ、氷の貴公子の名も今日で終わりね。」
ジュリアに振り回されながら踊っているロイドをマリーベルは愉快そうに見ていた。
「聖女様!」
突然声をかけられ振り向くとそこには、ロイドとは違うタイプの綺麗な顔をしたイケメンがいた。
「貴方はジュリア様の・・・。」
「はい!お久しぶりでございます聖女様!」
彼の名はジェイク・ブラッドベリー。
ブラッドベリー家次期当主の公爵令息でジュリアの同い年の義理の兄だ。
ジェイクは養子でありジュリアとは従兄弟関係にある。
ジュリアの従兄弟なだけあって、ジュリアに似た煌びやかで派手な容姿をしており、キリッと自信に満ち溢れた精悍で綺麗な顔立ち。オールバックにまとめ上げた金の髪。吊り目がちなルビーの瞳が印象的な男性であった。
「お久しぶりですジェイク様。お元気そうで何よりですわ。先程ジェイク様の妹様のジュリア様とお友達になりましたので、末永くよろしくお願いしますわ。」
「それは素晴らしい!聖女様とご友人になるなんてジュリアが羨ましいです!是非私ともお友達になっていただきたいのだが、私とも友好関係を築いていただけないだろうか?」
「ええ是非、わたくしとお友達になってください。ジェイク様ともお友達になれるなんて嬉しいですわ。」
「では、お友達になった記念に私と踊っていただけませんか?」
ルビーの瞳を細め甘い笑みでマリーベルに手を差し出すジェイク。
マリーベルは綺麗に微笑んでジェイクの手に自分の手を重ねた。
「はい、喜んで。」
ジェイクとのダンスはジェイクが嬉しそうに楽しそうに踊るので、マリーベルもジェイクとのダンスが楽しく感じていた。
一緒に踊っているジェイクの肩越しにロイドが令嬢達と代わるがわる踊る姿が見えた。
引き攣った笑みで嫌々我慢しながら踊っているロイドに内心笑いが止まらないマリーベル。
そしてジェイクとマリーベルが曲に合わせて身体の向きを変えると、マリーベルはある人物を見つけ楽しい気持ちが一気に冷めていくのを感じた。
「(リズ・アージェント・・・。)」
貴族達の人混みに混じって立ち尽くすリズがいた。
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