6話.悲劇のヒロインよ、踊れ。
パーティーの招待状が届いてから3週間が経ち、あっという間にパーティー当日の朝になった。
マリーベルは毎朝の恒例となったレイモンド先生の点滴をソファに座りながら受けていた。
「君が領地を歩き回るのもオススメしないが、こんな身体でダンスを踊るのもワシは反対だよ。今も顔色があまりよくないのに。」
「先生の点滴が終わる頃には顔色は良くなっているわ。それにダンスはファーストダンスだけだから大丈夫よ。」
「ファーストダンスも控えて欲しいのだがね。いつまでも点滴と回復魔法に頼っていたら死んでしまうよ?食べ物から栄養を摂らなければ。」
「クッキーを食べているから大丈夫よ。」
「小さいクッキーを2、3枚だけじゃろ?食べてるに入らんよ。どうすれば他の食べ物も食べてくれるかねぇ・・・。」
「他のも食べたいけどまだ無理みたい。サラやニコラが色々な方法を試してくれるけど、ニコラが用意してくれるクッキー以外を口に入れると吐いてしまうから仕方ないわ。」
マリーベルは点滴と少量のクッキーと水で空腹を紛らわしている日々を過ごしていた。
食べ物を受け付けなくなった日から新たに口に入れられる物が増えたとしたら、香りの控えめなお茶ぐらいだった。
たまにマリーベルが自らに回復魔法をかけて体力を補っているが、魔法自体が食べ物の摂取によって魔力を補充しているため回復魔法は一時凌ぎの方法であまり意味がなかった。
だからマリーベルは日に日に少しずつ痩せていった。
「どうにかせんと、このままだとガリガリに痩せて死んでしまうよ。せめてもっとたくさんクッキーを食べられればいいのだが。」
先生はため息をついた。
「なんだかんだ私は元気よ。その内に治るんじゃないかしら?」
のほほんと笑っているマリーベルを先生は心配そうな目で見つめた。
「(とは言っても流石に最近フラつく事が多くなったかも。)」
誤魔化していても見た目以外にも影響は出てきた。
サラやニコラのお陰でハーレン家での日常はとても快適に過ごせるようになり、新しい使用人達は全員マリーベルを慕っている。
ハーレン家に来た当初にされていた嫌がらせやイジメの辛い日々の記憶は薄れていくのに、腐った食べ物によるトラウマは未だに根深くマリーベルの記憶に残っていた。
マリーベルはサラとニコラにいつまでも心配をかけたくないと頑張って食べる努力をしてみるのだが、あの味と臭いがフラッシュバックして吐いてしまう。
そして気分転換に部屋の模様替えもしたが特に変化はなかった。
マリーベルが使っている部屋はリズの為にマーガレットが用意していた部屋なのだが、マリーベルがその部屋でされていた事にはいい思い出が無いのでロイドに指示して家具やカーテンを処分させて壁紙も変えさせた。
だが結果はロイドやマーガレットに意地悪をしたような気になり気分がスッキリしただけだった。
ちなみに現在のマリーベルの部屋はサラが考えてコーディネートした結果、ピンクと白のフリフリのファンシー系の可愛らしいお部屋になった。
「はい、終わったよ。とにかく今日のパーティーはファーストダンスだけにして壁の花に徹する事。王宮医師の一人にワシの甥がいるから君を気にかけるように言っておくよ。」
点滴が終わると先生は片付けをし始める。
「あ、そうだわ!」
マリーベルは部屋にある棚からある物を取り出して先生に差し出した。
「ロイドが王都からよく買ってくるの、有名なお店のクッキーなんですって。ご家族と一緒にどうぞ。」
ロイドがマリーベルの為に買ってきた可愛らしい瓶に入ったクッキーを素晴らしい笑顔で先生に差し出すマリーベル。
「コレ、公爵が君の為にわざわざ買ってきた物じゃろ?悪いからいらんよ。」
「遠慮なさらず受け取ってくださいな。ロイドはどうせ私は食べれないのに3日に一回の頻度で瓶を3つも買ってくるものだから、周りの人に配っても直ぐにたくさん溜まって困るの。」
「だったら公爵にもう買ってくるなと言えばいいのでは?」
「ふふ、いやよ。だって私にしてしまった事で自責の念に駆られて気を使ってクッキーをたくさん買ってくるロイドが可笑しくてしょうがないもの。」
クッキーをすまなそうな顔で毎回渡してくるロイドを思い出してクスクス笑うマリーベル。
「(これも聖女様なりの小さな仕返しなのかもな。)」
そんなマリーベルを呆れたように見る先生。
「ロイドが用意した食べ物なんて尚更私が食べる事なんて出来ないのにね。」
含みのある笑みを浮かべるマリーベル。
「公爵への意地悪もほどほどに頼むよ・・・。」
「分かっているわ。という事でクッキー受け取ってくださらない?」
「いらんよ。」
「あら残念。次は誰にあげようかしら?また団長さんにでもあげようかしら。」
そして先生が帰って行くとマリーベルは最近ロイドに用意させたマリーベル専用の書斎に向かい、夕方まで書類関係の仕事をするのであった。
「マリーベル様、準備のお時間になりました。」
夕方前になるとニコラ筆頭にメイド達が書斎に入って来た。
そしてメイド達はマリーベルを今夜のパーティーの準備をするために書斎からバスルームに連れて行くのだった。
3時間もすると頭の先から爪先までさらに美しく変身したマリーベルが出来上がりメイド達は感嘆の声を上げる。
「聖女様とっても綺麗です!」
「まるで女神様みたい!」
「会場中の視線が釘付けですね!」
新人メイド達は自分達の主人が1番だと手を合わせ大いにはしゃいでいる。
「皆ありがとう。これなら公爵の婚約者として貴族の方達と友好関係を広められそうよ。それにしてもニコラはとても器用ね、この髪飾りにとてもよく似合うヘアアレンジができるなんて凄いわ。」
「それは私の腕ではなくてモデルがとてもいいからですよ。」
そう言いながらもニコラは得意げで嬉しそうだ。
マリーベルの髪はニコラの手により、両サイドを編み込んで髪全体をアップにまとめ、白い陶器の花がいくつか集まった髪飾りが髪の後ろに飾られて上品でオシャレな髪型となった。
「それにこのドレスはサラとニコラが一生懸命探して手直ししてくれた素敵なドレスですもの、憂鬱に思えていたパーティーがとても楽しみになったわ。」
そしてマリーベルのドレス選びは実はかなり大変だった。
以前のマリーベルは元から痩せてはいたのだが豊かなバストで胸元や背中が大きく開いたタイプのオフショルのドレスを主に纏う事が多かった。
だが現在のマリーベルがとても痩せてサイズダウンした事により、オフショルのドレスを着る事が出来なくなった。
露出の高いドレスでは鎖骨やバスト部分がなんだか痛々しく見えてしまうので、鎖骨が胸元が隠れたドレスをサラとニコラは探した。
今のマリーベルにピッタリで美しさを際立たせるにはハイネックのマーメイドタイプのドレスとなったのだが、なかなかいいデザインのドレスが見つかずサラとニコラの頭をとても悩ませた。
今さらオーダーメイドのドレスを作るにも時間が足りないのでマーメイドタイプのオフショルのドレスにレースとビーズの布を足してアレンジをする事にした。
その様な苦労を経てサラとニコラが手直しをして出来上がったのが今マリーベルが纏っているドレスなのだ。
レースとビーズで出来たハイネックの布の部分は鎖骨や胸元をキラキラした刺繍が覆い、袖の部分にも同じ布を付け、マーメイドのドレス部分は上半身は純白だが裾に行くに連れて夜空の様に濃いブルーのグラテーションになり動く度に美しく揺れている。
露出度が少ないのに大人の色気と上品さを兼ね備えた美しいドレスとなった。
「ふふ、時間になったし王宮に向かうとするわね。サラのドレス姿も早くみたいし。」
サラも王宮からのパーティーの招待状が届いているので実家から直接両親と共に王宮に行く事になっている。
マリーベルは部屋を出て2階の階段を降りるとそこにはロイドがいた。
ロイドはマリーベルの姿を見て固まった。
「ロイド?」
「あ、あぁ。とてもドレスが似合っています・・・。」
ロイドのその言葉に顔をしかめるニコラ。
「旦那様、そこはキレイという言葉を使うのが正解だと思うのですが。」
「(似合っているに決まってるわよ!)」
「(旦那様ってダメな男ね!)」
「(ホントに顔だけよね!)」
新人メイド達も顔をしかめてロイド本人がいる前でコソコソと小声で悪口を言っている。
「す、すまない、キレイだと思ってはいたのだが何と言えば良いかわからなかったんだ。」
「ふふ、まさか貴方が褒めてくれるなんて思わなかったから少し嬉しかったわ。」
ロイドは恥ずかしそうに頬を染めて仕切り直すようにゴホンッと咳をした。
「お手をどうぞ聖女様。」
「はい。今日はお互い婚約者らしくパーティーに臨みましょうね。」
マリーベルはロイドの差し出された手に手を重ねて優雅にエスコートされながら馬車に乗った。
そして馬車は王宮へ向けて動き出した。
馬車にはマリーベルとロイドの他にもマーガレットが乗っており、マリーベルと向かい合う形でロイドとマーガレットは座っていた。
「今回のパーティーはギルフォード様とその新たに婚約者になった御令嬢への挨拶が主な目的ですが、ロイドとお義母様にはやっていただきたい事があります。」
馬車の中の空気が一気に張り詰めた。
「お2人には媚びを売ってもらいます。」
マリーベルの言葉に目を丸くする2人。
「は?媚び?」
「えぇ、そうよ。もちろん誰彼構わず媚びを売るのではなくて、ハーレン家の危機になったらノーリスクで助けてくれるような友好関係を築けるような方を探して媚びを売って仲良くしてもらいます。」
「何故・・・いや、ハーレン家に選択肢はなかったな。」
「あら、今回は自分でちゃんと考えてくれたのね。」
ロイドはムッとした顔でマリーベルを軽く睨んだ。
「私が貯めていたお金と私が教会を脅して手に入れたお金は莫大な額だけど有限よ。広大なルーベンス領を思えば今後また自然災害が何度も起こればお金は直ぐに底をついてしまうわ。だから私達にはもしもの時に心から助けてくれる良きお友達が必要なのよ。」
「だが、媚びを売るなんて・・・。」
「言い方が悪かったわね。ただ私の様に愛想良く笑って色んな貴族と交流なさい。今までハーレン家は上級貴族のほんの一部とだけ仲良くしていれば良かったけど、これからは下級貴族とも仲良くしてもらいます。」
公爵として絶対的な地位を築いてきたハーレン家は他人に媚びる必要の無い程の絶対的権力を誇ってきた。
だから家同士の友好関係も王族や名のある上級貴族のほんの一部だけの付き合いでも大丈夫であった。
ロイドが氷の貴公子などと呼ばれ、愛想が無く冷たい印象なのに今まで悪く言われなかったのも公爵という一流の貴族の地位に居て、周りの貴族や下の地位の貴族達がハーレン家を持ち上げていたからだ。
だが、それもマリーベルに言わせれば今のハーレン家に仲良くする家を上の立場から選り好んでいる余裕はない。
将来またしても来るかもしれないルーベンスを襲う未曾有の危機に備えなければならないのだ。
次に災害が起きるようなら数年のうちにルーベンス領は分割されるか返納されてもおかしくない。
場合によっては公爵という地位を降ろされかねない。
公爵家のプライドや何やらでハーレン家だけで領地をこれからもずっと守っていくなど困難だとマリーベルは思った。
だから信頼がおける貴族達と友好関係を作る必要があると考えていた。
「ハーレン家が今まで相手にしなかった下級貴族の中にはお金持ちの家もいるのよ、公爵家というプライドは捨てて友好関係を広めなさい。もちろんちゃんと人は選ぶこと。」
「だ、だが、私には・・・。」
困惑するロイドにマリーベルは微笑んだまま眉をひそめた。
ロイドは礼儀正しく他人と接する事はできるが、自分から愛想良くどう接していいかのかが分からなかった。
その上、公爵家当主のプライドも邪魔してマリーベルの指示を素直に受け入れられないでいた。
「ロイド、将来貴方が公爵のままでいられる保証は何処にもない事くらい今の貴方なら分かるわよね?」
「分かってはいるが・・・。」
渋い顔をするロイド。
「お金が足りなくて領地を管理できないなんていう恥ずかしい理由で公爵の地位を落とされたり、王家に領地の大部分を返納なんてされたくはないわよね?」
「・・・・・。」
「そもそも広大なルーベンス領をハーレン家の資金だけで助けようなんて無理があったのよ。もっと早い段階で他の家に助けを求めていたらギルフォード様や私なんかの資金を頼る必要もなかったかもしれないのよ?」
ハーレン家は公爵としてのプライドが邪魔をして自分達から他の家に助けを求めるという発想がなかったのだ。
ぐうの根もでないロイドは俯き押し黙る。
「わたくしは聖女様の言う通りにします。いつまでもルーベンス領は大丈夫だと高をくくって公爵夫人という地位に甘んじていた私の責任でもあるもの。」
「お義母様がそう言ってくださって嬉しいですわ。」
「(今更わたくしとお友達になり助けてくれる家があるとは思えないけど、そうも言ってられないわよね・・・。)」
笑うマリーベルに対してマーガレットは無表情だった。
マーガレットはルーベンス領に起こった数々の大変な出来事やハーレン家の資金問題から最近ではハーレン家の将来に不安を感じるようになっていた。
マリーベルの言っている事が全て正しく、元公爵夫人というプライドは捨ててこれからは助けてくれるような友好関係を築き、下の地位の貴族とも仲良くしなければとマーガレットは思った。
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