4-5.
サラはずっと後悔していた。
あの時に無理矢理にでも王宮に連れて帰ればよかったと。
サラはマリーベルの専属侍女としてマリーベルと共にハーレン家に来た。
そしてサラは嫌な予感がしてマリーベルから離れるのを嫌がったが、侍女頭に言われて仕方なくメイド長について行った。
「まずはこちらの部屋にお入り下さい。」
メイド長に言われ使用人寮のある一室に入った時だった。
ガチャン
「はぁ?」
部屋に入った瞬間ドアが閉められ鍵をかけられた。
「ちょっとォ!?いきなりなんなのよ!開けなさいよっ!」
「聖女を屋敷から追い出したらアンタをここから出してあげるわよ。安心して、アンタは直ぐに出ることになると思うから。」
「はぁ!!?」
その日から17日間もの間サラはその一室に閉じ込められ監禁されていた。
メイド長のあの言葉から明らかにマリーベルを害そうとする事は分かっていたので、直ぐにここから抜け出してマリーベルを助けに行こうとサラは奮闘した。
簡素なベッドと小さな木の椅子しかない殺風景な部屋は反省部屋として使われていたようで、小窓には鉄格子、壁や床は丈夫に塗り固められ、扉は重い作りでとても頑丈だった。
サラはこの部屋から脱走するために木の椅子を何度もドア・小窓・壁に打ち付けて壊そうとしたが、壊れる前に木の椅子がバラバラに壊れた。
自身の身体で体当たりや蹴りで壊そうとしてが、か弱い女性の身体ではやはり壊すことは出来ず、サラの身体にはたくさんのアザができていくだけだった。
嫌がらせの対象だったマリーベルとは違いサラは3食きちんと毎日普通の食事が出されていた。
だからサラは食事を届けに来る時が脱走のチャンスだと思い、隙を見てメイドに襲いかかろうとしたが食事を届けるメイドの付き添いの男の使用人に簡単に取り押さえられた。
それから何度もトライしたが毎回男の使用人に取り押さえられて脱走に失敗した。
「こんな事になるなら身体鍛えておけばよかった!」
自分の不甲斐なさに悔し涙を流すサラ。
何度も脱走をしようとしては上手くいかないまま17日間が経過した時だった。
夜遅くにドアからガンガンと突如激しい音がした。
ガキンッという一層激しい音がしたと思うとドアがゆっくり空いた。
そこに立っていたのは#金槌__カナヅチ__#を片手に息を弾ませるメイドの少女だった。
突然の出来事といつも食事を届けにくる使用人達とは違う雰囲気の少女の登場に目を丸くするサラ。
「もう大丈夫です、全て終わりました!それより早く来てください!」
メイドの少女に腕を掴まれたサラは困惑しながらメイドに腕を引っ張られながら走った。
「あ、貴女は!?」
「ニコラ。メイドです。」
「何が起こったのですか?」
「聖女様が皆からされていた事が主人にバレたんです。だから貴女がもうあんな所に居なくてもいいと私が判断して勝手に貴女を部屋から出しました。」
「聖女様は?」
「・・・・・。」
サラは無言のニコラに不穏な胸騒ぎを覚えた。
ニコラに引っ張られて着いた場所は、この屋敷に来た当初に唯一教えられたマリーベルの為に用意された部屋の前だった。
ニコラがドアを開けて部屋に入りそこでサラが見た物は。
「聖女様ッ!!」
マリーベルが真っ青な顔でベッドに横たわっている姿だった。
マリーベルの側では老人の医者が点滴を険しい顔で調節していた。
サラはニコラと医者の様子からマリーベルの顔色が悪い原因は病気ではないと感じた。
「どうして聖女様が!聖女様に何が起きたんですか!?」
必死の形相のサラにニコラは俯いて呟くように口を開いた。
「腐った夕食を食べた。いや、食べさせられたんです。」
ニコラのその言葉にサラは固まった。
そして詰め寄る様にサラはニコラの両腕を強く掴んだ。
「なんでそんな事になるのですか!?なんでそんな酷い事ができるのですか!?」
「・・・・・すみません。これ以上は私の口からは言えません。私達使用人は今から公爵と1人ずつ話をしなければならないので失礼します。これ以上の事は公爵から聞いてください。」
「そんな・・・。」
ニコラは申し訳なさそうに頭を下げると部屋を出ていった。
17日ぶりにみたマリーベルの可哀想な姿にハーレン家の屋敷にいる者達への怒りを募らせるサラ。
「聖女様ごめんなさい、助けられなくて・・・あぁ、なんでこんな事に、聖女様。」
サラはマリーベルの血の気の失せた手を握り、自分を責めるように謝罪を繰り返す。
医者は魔法で緑に発光する手をマリーベルの頭から爪先までかざしていくと、顔がだんだん険しくなっていく。
「聖女様はここで何をされていたんだ?所々に短期間で怪我を魔法で治した痕があるじゃないか!?」
驚愕の声を上げる医者。
「聖女様は今どうなっているのですか?」
「どうやら空腹の胃に腐った物や腐った液体を流し込んだせいで、毒が回ったような状態になっておる。直ぐに全部吐いたらしが空腹で吸収しやすくなったソレの毒が残ってる状態じゃよ。そして強いストレスに晒されていた生活をしてたみたいじゃな。そんな物を食べたのがきっかけになって熱がだんだん上がっとる。」
「聖女様・・・。」
医者は鞄の中から粉末状の薬を取り出すとマリーベルの口にサラサラと入れ、水をゆっくり流して飲ませた。
「薬を飲ませた。これでマシになれば良いのだが・・・。」
「怪我もされているのですか?」
「魔法で全て治されてはいるがね。小さな針に刺されたような痕から大きな痣に切り傷などが所々にある。特に足の傷が酷い、顔にも傷があったようだ。酷い事をされていたようだね・・・。」
「顔にも!?あぁ、聖女様!!」
サラは嘆き悲しみマリーベルの傍でわんわん泣き出した。
「聖女様じゃなくても決して許される事ではないよ。」
マリーベルの熱はどんどん上がり、高熱にうなされるマリーベルをサラは泣きながら手を握るしかできなかった。
「聖女なんて聞こえはいいが、ただ魔力が多い女の子を1人でも多く戦争に出す為だけの体のいい肩書きだよ。自分が弱っちまったら自分自身すら治せないただの女の子さ。」
医者は深いため息をついた。
マリーベルの熱がピークを過ぎて、地平線から朝焼けが見えてきた頃。
ドアが開いた音がしてサラが振り向くと、ロイドとマーガレットがそこにはいた。
ロイドはマリーベルの傍にいるサラを初めて見て誰だ?という顔をしていた。
サラは以前パーティーでその華やかなな容姿で一際皆の注目を集めていたロイドを認識していた。
「ハーレンッ!!」
サラは怒りの形相でロイドに一直線にズンズンと近づくと渾身の平手打ちをロイドに喰らわせた。
バチンッ!という頬が叩かれた音が部屋に響く。
いきなり平手で殴られたロイドとそれを見ていたマーガレットは目を丸くした。
「聖女様にこんな事してこのままですむと思わないでください!この事はギルフォード殿下にお伝えして貴方達をキッチリと裁いてもらいます!」
「ちょっと、待ってーー」
ロイドは縋るような目でサラを見る。
サラはロイドの話は聞かんと言わんばかりに怒りを露わにする。
「聞きませんっ!こんなになるまで聖女様を苦しめた貴方達を許しません!この屋敷にいる者達全員許しません!然るべき裁きを受けてもらいます!私の大切な聖女様を苦しめた貴方達なんかーー」
「やめてサラ。」
マリーベルが怒りでヒートアップしていたサラの言葉を遮り声を出した。
マリーベルはまだ熱で意識が朦朧としていたのに上半身をゆっくり起こして皆の方を向いた。
「サラやめて。ギルフォード様に伝えないで。」
「なぜですか!?ご自分がされた事を解っているのですか!こんな時までこの人達に優しくしてどうするんです!」
「誤解しないで、私は優しくするつもりも許したつもりもないのよ。」
「では何故ですか!」
「彼が必要だからよ。私にはある目的があるの。だからしばらくはギルフォード様にお伝えするのは辞めて。」
「しばらくは、ですか?」
「ええ、しばらくは。」
マリーベルはロイドとマーガレットの方を向いて微笑んだ。
「私の言ってる意味分かるかしら?ロイド・ハーレンそれにお義母様も。」
ロイドとマーガレットはマリーベルにした罪の裁きがただ先延ばしになった事を理解した。
「だからこの事について外で言ってはダメよ。先生も、お願いしますね。」
「・・・患者の言う事には従うよ。」
マリーベルの言葉に医者は大きなため息をついた。
「後日に話の続きをしましょうロイド。」
そう言ってとても美しく微笑むマリーベルにロイドとマーガレットは困惑した。
そしてマリーベルはそのまま上半身がバタンと後ろに倒れ気を失った。
「聖女様!!」
その後マリーベルは熱が上がったり下がったりを繰り返して1週間後にやっと具合が良くなった、と思ったらマリーベルは食べ物を受け付けない身体になった。
直ぐにサラはロイドに2回目の渾身の平手打ちをした。
サラはやはりギルフォードにハーレン家でマリーベルがされた仕打ちを何度も報告しに行こうとしたが、その度にマリーベルに止められた。
自己犠牲にも見えるマリーベルに、サラは納得がいかずある目的についてマリーベルに聞いた。
マリーベルにその目的を聞いたが、サラには理解できなかった。
その目的とはマリーベルが今までの生い立ちや容姿による経験から生まれた物だった。
サラは仕方なくマリーベルの言う事を聞き入れたが、次にロイド達がマリーベルを傷付ける事があったら容赦しないと心に決めたのだった。
あれから5日経つがまだマリーベルは未だにまともに食べ物を受け付けないでいた。
ノックがして扉を開けたサラは目の前の人物を侮蔑のこもった冷たい瞳で見据えた。
「マリーベル様になんの御用でしょうか、公爵様。」
サラはロイドが気に食わなかった。
元執事の言う事を全て信じた挙げ句にマリーベルを追い詰めたロイド。
ロイドはマリーベルに酷い仕打ちをしていた者達や関与をした者達は罰せられぬ事なく40名が表向きは自主退職という事にさせて解雇した。
40名もの使用人達は自分達が聖女にした行いがバレるのを恐れて暗黙の了解で聖女に関する事は全て無言を貫き、しばらく暮らしていけるだけの大金をロイドから受け取って普通に暮らしている。
そしてロイドは全て自分の責任だと使用人達の退職理由を仕事と給料が見合っていなかったことにさせ、聖女マリーベルへの酷い仕打ちは無かった事にしたのだ。
全てなかった事にしたロイドにサラは腑が煮え繰り返る程の怒りを感じていた。
「(この顔だけのクズ野郎。)」
だがサラはマリーベルの為に怒りを抑える。
サラはマリーベルのある目的の為に現在ハーレン家で仮の侍女頭として残った使用人達をまとめている。
本当は嫌だがマリーベルの為にやっていた。
新しい侍女頭ができるまでは仮の侍女頭として、同じく仮のメイド長であるニコラと他の使用人達をまとめており、新しい使用人の面接まで行っていた。
それは全てマリーベルの為である。
目の前の男の為ではない。
マリーベルがある目的を果たすまでこの屋敷でマリーベルの手足として頑張るとサラは決めて現在この屋敷にいる。
「これを聖女様に。」
ロイドは紙袋に可愛らしいリボンでラッピングされた物をサラの目の前に出した。
サラは不信感を隠す事なく紙袋を受け取り中を見る。
「要りません。貴方からの物なんて中身が腐っているかカビが生えているかもしれませんからね。マリーベル様にその様な物は食べさせられません。お引き取り下さい。」
「・・・・・。」
サラはロイドに紙袋を突き返した。
なんとなく予想はしていたロイドだったがサラからの嫌味で辛辣な言葉に多少の胸の痛みを感じた。
だがその場から去る事なくじっとサラを見つめるロイド。
「大丈夫だ・・・王都で先程購入した人気の店のクッキーだ。だから大丈夫。いらなかったら捨ててくれても構わない。だから受け取ってくれ。」
「要りません、結構です。」
サラがドアを閉めようとした。
だがロイドが指をドアにかけて閉めないように力を入れた。
「ちょっと離してください!マリーベル様が安心して休めないじゃないですか!」
「捨ててもいいから受け取ってください。」
「自分で捨ててください!貴方の物なんてマリーベル様に見せたくありません!」
「聖女様に渡してください。」
「しつこい!」
「お願いします。」
「帰れ!」
「お願いします。」
「だから帰れってば!」
「2人は何をしてるのかしら?」
サラとロイドのドアを挟んだ攻防に見かねたマリーベルが2人に声をかけた。
マリーベルとロイドがこうして会ったのは2週間ぶりだった。
「これどうぞ。」
マリーベルに紙袋を差し出すロイド。
「こらハーレンッ!」
マリーベルは恐る恐るロイドから紙袋を受け取り中身を確認した。
「あら、クッキー。」
中身は可愛らしい形の瓶に入ったクッキーだった。
「ありがとうロイド。」
マリーベルがクッキーを受け取った事に勝ち誇ったようなロイドと悔しそうにロイドを睨むサラ。
「そういえば、後日に話の続きをするって貴方に言っていたわね。今から話の続きをしましょう。」
マリーベルがそう言うと空気がピンっと張り詰めた。
「私の要求はクッキーだけじゃ足りないわよ。」
その時のマリーベルの笑みは天使のようだったのに、ロイドには悪魔が微笑んでいる様に見えた。
その頃の王宮。
「あぁ、わたくしの可愛いマリー・・・。」
ある1人の女性がベッドの上で子ども用のドレスを抱きしめながら、小さな姿絵に映る女の子を見つめて涙を流していた。
「ねぇギルフォード様ぁ、王妃様まだこの部屋から出て行ってくれないの?早くマリーベル様が使っていたお部屋が欲しいのに!」
「もう少し待ってくれないか俺の可愛い人!母上ならもうすぐこの部屋から出て行くさ!」
「そう言って1か月も経ってるじゃない!もういいわよ!それより私の頼んだドレスはちゃんと届くのかしら?」
「ああもちろん!君が喜んでくれるなら俺はどんな事だってするぞ!」
「それは楽しみね!すっごく待ち遠しいわ!早く新しいドレスを着てパーティーでマリーベル様に会いたい!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます