4-4.

「そんなに警戒しないでよー。どれにするー?」


「・・・・・。」



 メニューを開きケーキを選んでいる呑気なシャルルと、わかりやすくシャルルに不信感を抱くロイド。


 敵対派閥のボスからのお茶の誘いを嫌がるロイドだったが王子からの誘いを断れるはずもなく、無言で遠回しな拒否の意を示してもマイペースなシャルルは気にする事もなく無理矢理ロイドを喫茶店に連れて行った。


 カフェ・エルダ

 

 最初その店の看板を見てロイドは目を丸くした。

 その店こそがロイドが探していた店だからだ。

 リズから令嬢達の間で人気のケーキとお菓子が美味しいと評判の店があると聞いていたロイドは、学園の中庭にいる時にリズのその言葉を思い出してこの店に来ようとしたのだ。


 まだオープンして数ヶ月のカフェ・エルダは外装も内装も新しく綺麗で、今時の令嬢達に喜ばれるようなデザインの癒しの空間となっていた。


 そしてシャルルはまるで自分の家かのようにカウンターの奥のドアを開けて奥へ奥へと廊下を歩いて行くと、ある一室の前に立ち止まりドアを開けた。

 その部屋は店内の癒しのデザインとは違い煌びやかで豪華な部屋だった。



「隠れ家ですか?」


「あはは、隠れてたら表から入らないよー、俺専用のVIPルームってだけ。むしろ堂々と入った方が疑われないよ。」



 そんな経緯で今ロイドとシャルルは豪華な内装の個室で向かい合って座っていた。


 無言で警戒するロイドの目の前にはシャルルが勝手に選んだガトーショコラが置かれた。

 ロイドのイメージだけで選んだケーキなのだろう。


 そしてシャルルはショートケーキを選んだ。

 シャルルの髪も肌もその時着ていた服ですら真っ白で選んだケーキすらも白い事に、白塗れのシャルルにロイドの中で変人具合が上がった気がした。



「それで目的は何ですか?だいたい予想はつきますが・・・。」



 ロイドとシャルルは特に会話をした事がなかったが、2人は見た目の華やかさから学園や王宮にいる人の目に留まりやすく、お互いの行動についてよく周囲の人間が噂をしていたので互いがどんな人物なのかはだいたい把握していた。 


 そして今こうして2人で個室で話すような事があるとすれば派閥への勧誘ぐらいだろう。

 第二王子ギルフォードの婚約破棄騒動に巻き込まれたロイドがギルフォードに見切りをつけているかもしれないと貴族達の間で噂されている事をロイドは知っていた。



「ああ、派閥へのお誘いって奴?来てくれるの?」


「違うんですか?」


「だって来てくれないでしょ?大歓迎だけど。」



 いくらロイドが愛する人と別れさせられた元凶のギルフォードが憎くても、貴族に生まれたからには上からの命令や政略結婚が当たり前であり、個人的な感情で派閥を変えるような輩は周囲の貴族からの信頼が潰えてしまうかもしれない事をロイドは理解していた。

 だから未だにロイドはギルフォードの側近の立ち位置にいる。

 シャルルもロイドの性格上、良くも悪くも貴族らしい性格なので簡単に自分の派閥には入ってくれない事を理解していた。



「ではどの様な目的で?」


「君は今や噂の的だからね、色々気になってたからさー。俺ってベルちゃんの隠れファンだし。」


「ベル?」


「聖女マリーベルちゃんのこと。愛称付けるならマリーちゃんなんだろうけど、王妃と同じ呼び方で呼びたくなかったからベルちゃんなんだよね。」



 王妃vs側妃の争いはそのまま王子達にも受け継がれ王宮の一部は引く程険悪だった。



「聖女様が好きなんですか?」


「国で1、2いや・・・大陸で1、2を争う程の美女だよ?好きになってもおかしくないじゃん!君は好きじゃないの?」



 なんて答えていいか分からず言葉につまるロイド。



「ああ君、一途そうだもんね。あんな美人が婚約者になったのにもったいないなー。愚弟が捨てるって前もって知ってたら俺の物にしたのに。」


「・・・・・。」



 シャルルの顔は柔和に笑っているのに目だけは笑っていなかった。



「ホントばかだよねあの愚弟は。王にそっくりだよ。」



 シャルルの母親の側妃は元寵妃で、政略結婚の王妃よりも王にとても愛されていた。

 家臣達も王妃よりも側妃を贔屓に扱っていた。


 だが待望の第一王子シャルルが生まれると王の態度が一変。

 王はシャルルの容姿が以前王位を争っていた弟に似ていた事で側妃は寵愛を失った。


 王の弟である大公と会った事もない側妃が関係を持っていた事実はなく、ただ単に叔父に似てしまった息子を見て王は側妃を愛せなくなった。


 その後、王妃との間に生まれた自分そっくりのギルフォードを見て、今まで蔑ろにしていた王妃への態度を改め王妃を愛するようになったとか。


 確かに簡単にマリーベルを捨てたギルフォードはクズな所まで王そっくりだ。



「それで私に聖女様が好きな事を告白してどうしたいのですか?まさか貴方の妬みを聞かせるためだけに茶に誘ったのですか?私は忙しいのでここで失礼させていただきます。」


「待って待って待って!ごめんごめん帰らないで!ベルちゃんと婚約したのになんとも思ってないのがムカついて八つ当たりしたかったんだよー。」


「・・・それで何ですか。」


「君に警告をしたかったんだ。」


「警告?」


「君の不幸は終わりではないよ。ロイド・ハーレン。」



 シャルルは柔和な笑みから神妙な面持ちになった。



「王宮は今ちょっとザワついてるんだよねー。王妃が寝込んでるせいで愚弟が絵に描いたようなバカ王子への一途を辿っているんだ。」


「寝込んでいる?王妃様は病気か何かですか?」


「病気ではないよ。ほら愚弟がベルちゃんと勝手に婚約破棄して城から追い出したでしょ?ベルちゃんを娘のように想っていた王妃が強いショックを受けたみたいで、ベルちゃんが使っていた部屋に籠ってベルちゃんのベッドの上でベルちゃんが子どもの頃に着ていたドレスを抱き締めながら泣き続けているらしいよ。この1か月間ずっと。」



 まるで我が子が亡くなった事を悲しむ母親の姿のようだとロイドは思った。


 死んだ訳でないのだからマリーベルに気軽に会いに行けばいいと誰もが思ったが、婚約破棄されて王命で別の人の婚約者にされたマリーベルは王妃の中では死んだも同然なのだろう。

 ギルフォードの伴侶となる為に王宮に連れてこられたのに・・・それが無駄になってしまった事で王妃は塞ぎ込んで寝込んでいた。


 それ程までに王妃に大切に想われていた少女を傷つけてしまったと、ロイドは暗い顔になり俯いた。



「それと私の不幸にどう関係が?」


「巻き込まれるって事さ。」



 シャルルはニッと愉快そうに口端を上げた。



「愚弟の新しい婚約者ちゃんがやりたい放題のわがまま放題でさ、愚弟はその子のいいなりで大抵はお願い聞いちゃうから家臣達が困ってるんだよねー。」



 ロイドはギルフォードの新しい婚約者を2回程見た事があった。

 まだロイドとリズが婚約していた時だ。

 ロイドが久しぶりに学園に来たら、その子とギルフォードが食堂や中庭で仲睦まじく一緒にいる所を見た。

 ギルフォードがマリーベル以外の女性と仲良くしようが側妃にしようが好きにすればいいとロイドはあの時はそう思っていた。

 だがまさかそのとばっちりを受けることになるとは・・・。


 あの時に婚約者を大切にするようにギルフォードを諫めていたら今の自分を取り巻く状況は変わっていたのだろうか?

という疑問がロイドの中で浮かんでいた。



「その女の言いなりのギルフォード殿下に家臣達が困っているなら、貴方の派閥に引き入れればいいではないですか。」


「既に負け派閥になってる俺につく奴なんてそう簡単にいないよー。王に疎まれてる俺なんて国民が反乱起こすレベルじゃないと王を継げない感じだから俺の派閥に入る人なんてそう簡単に増えないよ。王太子にはなりたいけど期待はしてないからね。」



 王太子選定はシャルルの一つ下のギルフォードが18歳になり学園を卒業後に王の選定によって決まる事になるのだが、現時点で王に好かれていないシャルルが王太子になるなんて望みが薄いことをシャルル自身や周囲は理解していた。



「それに母さんが寵妃だった時に、あのレベルのわがままを家臣達はたくさん経験してる。」



 つまりギルフォードの彼女のわがままな部分は問題ではないと。



「では何が問題なのですか?」


「どうやら執着してるみたいなんだよね。」


「何に?」


「ベルちゃんに。」



 嫌な予感を感じ顔をしかめるロイド。



「ベルちゃんが持っていた物、ベルちゃんが着ていた物、ベルちゃんに関する物を全て集めているらしいんだ。愚弟に強請って。」


「その女の歪んだ執着に俺が巻き込まれると?」


「そうそうだから多分君、また巻き込まれるよー。」


「・・・・・。」



 不快に眉をひそめるロイド。



「それに大の男好きで俺に媚び売ってくんの。ウザイよねー。」


「俺にも媚びを売ってくるかもと言いたいのですね。ですが話を聞く限り聖女様の熱狂的なファンってだけに聞こえますけど。」


「実際にその現場みたけどやばかったよー。ベルちゃんが2年前に王妃様の誕生日に着ていたドレスが欲しいって、ヒステリックに叫んでるの見て引いたもん。俺の想像だけど姫聖女に憧れてなりたがってる感じだね。」



 王妃の傍に常にいたマリーベルはまるで王族の一員のようで本当の姫様のようだった。

 美しい容姿、王宮で姫の様な扱い、聖女の肩書き。

 ハイロゼッタの女の子達の憧れの的になるのも頷ける。



「つまり俺が言いたいのは、その子がベルちゃんに近づいてなんかやらかすんじゃないかって心配してるんだよ。」


「考え過ぎじゃ・・・。」


「君がそれ言う?ただのファンが憧れの人の婚約者奪うとかないだろー?あの愚弟は次は君にどんな事を要求するんだろうね。婚約白紙の次は・・・領地没収とか?」



  パキッパキパキ


「テーブル凍らすの辞めてねー。」


「・・・・・。」



 ロイドはシャルルの領地没収という言葉に反応し、つい目の前のテーブルを凍らしてしまった。



「ま、俺の憶測だけど注意してね。それとここからが実は本題。」



シャルルの纏う雰囲気がガラリと代わり空気がピリついた。



「ベルちゃんを俺に売って欲しい。」


「・・・・・。」



 何を言い出すんだとロイドはシャルルを睨んだ。

 そしてロイドはシャルルの発言に多少の怒りが沸いた。



「何を言い出すんです。」


「そのまんまの意味。愚弟の新しい婚約者の事だけじゃない、きっと君の手に負えない事が起こるよ。」


「・・・それがなぜ金で売る事になるのですか?」


「ベルちゃんが単純に欲しいからだよ。タダより高い物はないだろ?後で返せって言われるかもしれないし、君だって後腐れなくベルちゃんとの関係を終わらせたい筈だ。だからだよー。」


「王命は必ず実行させられます。分かってるんですか?シャルル殿下の物にした所で私の妻となった聖女様に手を出す男などと周囲に呼ばれて殿下の評価が下がりますよ。」


「別に下がってもいいんだけどさー。ベルちゃんが悪く言われるのは嫌だよねー。まぁ俺なら王命を取り消す方法を知っているよ。」



 シャルルの言葉に目を見開いた。



「知りたい?」


「・・・・・。」



 ロイドはなんて答えていいかわからなかった。

 マリーベルが吐いて倒れた以前なら即答で方法を聞いただろうが、何故が今はそれができず迷っていた。



「あれ?もしかしてベルちゃんと離れがたかったりする?」


「・・・・・。」


「そんな困ったような顔しないでよー。しょうがない教えてあげるよ。」



 シャルルはにっこりと笑った。



「うやむやにするんだ。」


「うやむや?」


「もちろん簡単な方法じゃないよ。例えば王と王子を殺した後に、王宮に出入りしている上級貴族を10人ぐらい殺す。これで王命と釣り合うぐらいにうやむやさ。」


「・・・革命でも起こす気ですか?」


「例えだよ例え。これでも結構調べたんだよー?王命の強制力がどこまであるのかとか。」


「王族を殺すだけでは王命は無くならないと。」


「そうなんだよねー。臣下もたくさん殺して他の臣下達がとばっちりで死にたくないって思わせて、うやむやにしなきゃね。」


「何をするつもりですか?」


「何もしないさ、今のところは。」



 怪しく笑うシャルルに危険を感じた。



「戦争でも起こすつもりなら私が今この場で貴方を止めます。」



 部屋がロイドの魔法の力で徐々に冷えていく。



「今のところは何もしないよ。それに俺が何をしようとしてるか分かるの?」


「貴方が何か良からぬ事を企んでいるとギルフォード殿下に報告します。」


「言えばいいさ。愚弟は俺が前からヤバい事考えてるのは分かっていると思うよ。ただ考えてるだけで何もできないと思っているけどね。」


「何故俺にそんな事を・・・。」


「だって君は可哀想だろ?だから言っても大丈夫かなーって思ったんだ。」



 ロイドはシャルルを鋭く睨んだ。



「安心してよ君に危害を加えたりベルちゃんに嫌われるような事はしないから。コレ渡しとくね。」



 シャルルがロイドに渡したのは文字が書いてある金色のカードだった。



「俺の隠れ家。俺しょっちゅうそこに出入りしてるんだ。困ったらおいでよ。」



 シャルルは人の良さそうな笑みで笑う。

 ロイドは釈然としない気持ちのままその部屋を出ようとした時だった。



「元王宮医師のディー・レイモンド先生が毎日通っているそうだね。誰か病気?それともケガー?」



 部屋から出ようとしたロイドの足が止まる。



「それと40名も使用人が一斉に退職したそうだねー?なんでも給料と仕事内容が見合ってなかったとか。」


「貴方には関係ない・・・。」


「そうだけどなんだか君への興味が尽きなくてね。それにベルちゃんの新しい婚約者だし。」


「・・・・・。」



 そしてロイドはシャルルの問いに答える事なく部屋を後にした。



「あーらら。別にいいけどねー。そう遠くない内に君から会いに来るだろうし。」



 ロイドは店内で王都に来た目的の物を買うと馬車に乗り屋敷に帰って行った。


 そして屋敷に着くとある部屋のドアをノックした。



「マリーベル様になんの御用でしょうか、公爵様。」



 侮蔑の視線でロイドを見据えるサラが出てきた。

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