5.その姿は紅に揺れて
〈ローズside〉
「皆大丈夫よ!触ってみて!」
私の頬をつんつん触りながらニコニコと笑うニイナ。
不機嫌丸出しで腕を組んで椅子に座っている私。
そして私の目の前には息を飲むメイド達。
その内のメイドの1人が恐る恐る人差し指を私の顔に近づけ、ゆっくりと頬をつんつんと触った。
「ね?大丈夫でしょ?」
先のメイドの行動に続くように、メイド達が1人また1人と私の顔や身体をつんつん触って私の反応を伺っている。
「お嬢様はお優しいから大丈夫よ!以前のお嬢様は意地悪だったかもしれないけど、本当のお嬢様は優しいんだから!ね?お嬢様!」
キラキラした目で私を見るニイナ。
「う、うん・・・・・今までごめんなさい。もう意地悪しないから大丈夫よ・・・。」
私の言葉でメイド達の顔がパァっと少しだけ明るくなり緊張が解ける。
私は恥ずかしいやらアホらしいやらで額に手を当てた。
何があったのかと言うと、最低最悪なパーティーの当日を迎えてしまい、自室に戻された私は超不機嫌だった。
お母様似のキツイ顔立ちはさらに力が入って怖い顔になっていた。
そんな私に話かけて来るのはニイナしかいない。
ニイナは私が怒らないのを分かって怖がらずに積極的にお世話してくれるのだが、他のメイド達は違う。
他のメイド達は2回目の人生が始まる前のわがままで短気で傲慢な子どもの私を知っている。
私にパーティーの支度をしなくてはいけないのに、私は超不機嫌で今にも八つ当たりをしてきそうな顔をしていたので、他のメイド達は怖がって動きが悪く中々支度が進まなかった。
その証拠に髪を結っているメイドが何度も櫛や髪飾りを落として、私の頭皮に櫛と髪飾りがブスブスグサグサ刺さっていた。
たまに「いだッ!」なるんだけど私の頭皮大丈夫?
そして見かねたニイナがメイド達を私に慣れさせようとして今に至るわけだ。
顔は怖いけどツンツンしても怒らない私にやっと緊張が解けて場は少し和やかになった。
私は怖い犬か何かかッ!?
元はといえば性悪の私のせいだけど、まるで度胸試しのような方法でメイド達と仲良くなっても、恥ずかしいやらアホらしいやら・・・。
そんなこんなで支度が終わってパーティー会場に行く時間になった。
アイリスと交換した筈の超高級ドレスは再び私の元へ戻り、結局私の頭から爪先まで前世と同じ装いになってしまった。
「お嬢様汗が凄いですよ!大丈夫ですか!?」
メルバが急いで額の汗を拭ってくれるが、なかなか汗が止まらない。
化粧が崩れてしまうとメイド達はあたふたしている。
「も、もうすぐ・・・。」
もうすぐあの男と会うとなるとブワッと汗が毛穴から吹き出して、カタカタと手が震えだした。
会いたくない気持ちが強過ぎて恐怖に変わっていた。
「(もうすぐ、もうすぐなんだ、もうすぐ、あの男と、イヤだ、イヤだ、イヤだ、もうすぐなんて、イヤだ、イヤだ。)」
なんで嫌な目に合うって解ってるのに行かなきゃいけないの?
なんでまた同じことを繰り返さなくちゃならないの?
あの男に会いたくない。
「なんだかお嬢様の様子が変よ?ダリア様に体調不良で欠席する事を言った方がいいかしら?」
「辞めなさいよ!あのダリア様よ?私達の言葉なんか聞いてくれないわ!」
「そうよ。今日という日はお嬢様が欠席する事を許してはくれないわ。」
「でもお嬢様の顔色が・・・。」
メイド達は私の様子から、どうすればいいのか話し合いを始める。
こんな所で震えていても、どうしようもない事はわかっている。
ローズ・ボアルネに生まれてしまった限り絶対逃げられない事があって、その一つが今日なのだと・・・。
「皆先に会場に行ってて!ちょっとお嬢様と話があるの。」
ニイナが他のメイド達を部屋から出し、部屋には私とニイナの2人きりになった。
そしてニイナと私はベッドに座った。
「お嬢様は書庫の幽霊王妃になるのがとても怖いのですね?」
私は小さく頷いた。
「王子様は初めて会った時から冷たかったとおっしゃりましたが、何があったのですか?」
ニイナは私に前世の記憶があって今は2回目の人生を送っている事を信じてはいない。
けど、私の中では本当の事ということにして受け入れてくれるみたい。
ニイナは真剣な顔をして私の手に手を重ねた。
私はニイナが重ねていた手をぎゅっと握ってあの男との出会いを語り始めた。
私は今日のパーティーの為に用意した新しい真紅のドレスを着て、屋敷の広間で行われるパーティー会場で私はルイス様を待っていた。
ルイス様の顔を知らなかった私は、天使のように美しいという噂からルイス様と会える日をとても楽しみにしていた。
素晴らしい誕生日になると期待していたのに、現実は違った。
お母様に引き合わされて初めて会った王太子のルイス様は、金の髪に碧眼の噂通りの天使のように美しい少年だった。
私は一目惚れをした。
だけど、ルイス様は私と2人きになると顔を歪ませて冷たい目で睨んできて、信じられない言葉を言った。
『噂通り君は母親ゆづりの美しい美貌だが、性格も母親ゆづりで悪そうだ。こんな毒々しく着飾った性格の悪い女が私の婚約者なんて最悪だよ。君の妹の天使のように美しいと噂のアイリス嬢の方が私の婚約者に相応しいね。君よりもアイリス嬢と私は婚約したいと思ったよ。』
初めての2人の会話が私への批判でショックで固まった。
私の印象に対する批判の上に、妹の方が良いと言われ私の心は深く傷ついた。
『ほら、君へのプレゼントだ。これは母上が選んだ物だ。私が考えた事にしろと言われたが、顔も見たこともない令嬢に渡すプレゼントなど考えるだけで嫌だったからな。』
ルイス様は私の足元に、ピンクに可愛くラッピングされた小さな箱のプレゼントを投げた。
『君の顔をみて正解だったよ。君みたいな令嬢に与える物など、考えるだけで無駄だからな。母上が折角選んだプレゼントだ。大切にするといい。』
私は投げられた足元のプレゼントを拾った。
『あ、ありがとうございますわ、殿下。大切に致します・・・。』
私は今にも泣き出しそうだった。
足元に転がるプレゼントがまるで私の心のように雑に扱われた気がした。
『(私と踊ってくだされば、きっと私の事を気に入ってくださるわ!だって先生からとても上手だと褒められるもの!)」
ダンスの曲が流れて、お客様達はパートナーと一緒に広間の中心に集まっていく。
『仕方ないが婚約者としての最初の仕事だ、ダンスに行こうか。』
『はい。』
ルイス様は私をエスコートすることなくスタスタと広間の中心に歩いて行き、私は小走りでルイス様の後ろに着いて行くとワルツを一緒に踊った。
だけど一目惚れしたルイス様と触れ合っているのに、まったく嬉しくなかった。
初めての婚約者とのダンスだったのに、ただ踊っているだけの無機質なダンスだった。
『(笑うのよローズ。プレゼントだってもらったし、ファーストダンスだって素敵な王子様と踊っているのだから。今日は最高の日なんだから。)』
投げられたプレゼントや冷たく言われた言葉が事が尾を引き、最悪の気分で上辺だけの周囲の大人に見せつけるようなルイス様とのファーストダンス。
ダンス中のルイス様は無表情で一回も私と目を合わすことなくダンスをしていた。
泣きたい気分だったけど、好きな人に自分を好きになってもらいたいし、この場で泣いたら更に嫌われると思い、泣くのを耐えて必死に笑顔を作ってルイス様と踊った。
ルイス様との素敵な思い出を期待していた分、私の心はルイス様からの言葉によって傷ついていた。
ルイス様との折角のダンスもただ虚しく感じていたが、それに気付かないフリをして無理矢理楽しいと思いながら踊った。
周囲への体面だけのファーストダンスが終わると、ルイス様はさっさと私から離れ、向こうから可愛らしい笑顔で走り寄って来るアイリスの手を取った。
その後、ルイス様は何度もアイリスと楽しそうにダンスを踊っていた。
私とは一回だけなのに、私がもう一度ダンスに誘っても冷たく断り、ルイス様は何度もアイリスと笑顔で踊る。
ルイス様はあきらかに天使のように美しいアイリスを気に入っていた。
2人の小さな天使達のダンスを周りの大人は微笑ましそうに見守る。
今日の主役は私なのに、まるでパーティーの主役がアイリスになったようにみえた。
『なんで、なんでアイリスなんかが。』
楽しそうに踊るアイリスに強い嫉妬と悔しさを感じ、最悪な婚約発表と私の10歳の誕生日パーティーとなった。
パーティーが終わると私は大泣きをしながらメイド達に当たり散らし、お母様に泣きついた。
お母様に慰めてもらいたかったのに、お母様から出た言葉は
『それはローズの魅力が足りなかったからよ?アイリスに取られるのが嫌なら努力をなさい。』
と、なんともキツイ言葉だった。
「これが私の人生の終わりに続く最悪なはじまりの日よ。この日からあの男に愛されようと空回ってどんどん嫌われて、書庫に・・・。」
「それは、辛い日でしたね・・・。」
明るいニイナでも眉をひそめて悲しそうな表情で私を見ている。
「お嬢様の前世では私は居ましたか?」
「居なかったというか、思い出せない。多分私が意地悪したかイジメとかして、屋敷から追い出したか辞めていったんだと思う・・・。」
自分の行いにだんだんと声が小さくなる。
「じゃあ、今のお嬢様には私がいるから大丈夫ですね!」
「え?」
私は目を丸くした。
「だってお嬢様の前世では私は居なかったのでしょ?」
「そうだけど・・・。」
「じゃあ、そのパーティーが終わった後にお嬢様を慰めてくれる方はいましたか?」
「いなかったわ・・・。」
「今は私がいるじゃないですか!」
ニイナは太陽の様に笑った。
「お嬢様はどんな食べ物とか料理が好きですか?」
「チーズ・・・。」
「以外とシンプルなのが好きなんですね!」
「アンがね、月に一回だけお給料日に買ってきてくれるの。アンのお給料は凄く少なかったのに。」
アンの事を思い出したら徐々に涙が溢れてきた。
「その安いチーズがね、とても、とても、美味しかったの・・・月に一回のチーズがとても楽しみでね。」
「はい。」
「年に一回の新年を祝う日に、アンが厨房からワインを盗んでくるの。」
「はい。」
「そのワインを半年かけてちょっとつづ飲んで、チーズと食べるのが美味しくてね・・・。」
「じゃあ、今日のパーティーでまた嫌なことがあったらチーズで慰めてあげますね!お嬢様にワインはまだ早いので葡萄ジュースで乾杯しましょう!」
「ゔん・・・あり、がとう、ニイナ。」
汗や涙によってメイクが崩れてしまった。
メイクをニイナに直してもらってから、ニイナと手を繋いで広間に向かった。
「(大丈夫よ私!今度は最初から王太子なんて好きじゃないし、嫌なことがあってもニイナが慰めてくれるわ!)」
私は屋敷の外の庭の茂みにうずくまっていた。
「(全然大丈夫じゃなかったッ!)」
汗や涙や鼻水で顔がぐちゃぐちゃになっていた。
「(アン!助けてアン!アン!助けて!助けてよ!)」
アン、2回目の人生は最初から貴女がいないとダメみたい。
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