第3章 江美と直美②
満足いくまで食べ終わると、江美は何やら落ち着かない様子だ。さっきからウズウズしているのに直美が気付いた。
「えぇよ江美ちゃん、お外行こうか?」
ニコッと満面の笑みを浮かべると、待ってましたとばかりに勢いよく雨戸を開き、庭に飛び出した。
「ミミーーーッ! おいでーっ」
「わんっ」
江美の訪問を外から察していたミミは、待ち兼ねたように飛びつき尻尾を揺らし、江美に戯れつく。
「わー! ミミーーッ」
「ミミ嬉しいねぇ、江美ちゃん遊びに来てくれたんよ」
顔中を舐められ嬉しそうな江美がチラッと横を見ると、ハァハァと舌を出しながら真っ黒い毛の中に白く光る目でジッと見つめるドドと目が合う。
「お姉ちゃん……? ドドこわくない?」
恐る恐る直美に確かめる。
フワフワした白いミミとは対照的な真っ黒なドドが怖いのだろう。
しかし、優しそうな目をしたドドに引き寄せられ、少し触れてみたいという葛藤と戦う小さな心。
「怖くないよ、きっと江美ちゃんと仲良しになりたいんよ。でも、ドドも恥ずかしがり屋さんじゃけぇ」
江美はドドに小さな手をそっと伸ばした。
「ド、ドドもおいで……」
それは、蚊の鳴くような小さな声だった。
「わんっ!」
ひと際高く吠えたドドが嬉しそうに飛び付くと、ミミと交互に江美の身体中を舐め合う。
「わっ! ドドくすぐったい……って、へんなとこ舐めるんやめてよーーーーっ」
「こらっドド! 何処舐めてるの! 止めなさい」
砂塗れになったスカートを、パンパンとはたきながら江美は起き上がる。
「ミミ、お出かけしよっ」
その声に賢いドドは、何処かに隠してあったリードを咥えて直美の所に持って来ると、首輪に繋ぐように催促する。
直美がリードを首輪に繋ぐと、二匹と江美はあっという間に家を飛び出した。
犬を散歩させているのか、犬に引き摺られて少女が散歩させられているのか。そんな滑稽な江美の姿は、すれ違う街行く人を笑顔にさせた。
そう、今この瞬間だけは戦時下である事を忘れる程に、穏やかで和やかな一コマであった。
「わーっ! ミミー! ドドー! 速いよぉ……止まって……止まってーっ」
「ちょっと! 江美ちゃん危ないよ、待ちんさーい」
直美は走って、みるみる小さくなる江美と二匹の後を追いかける。
街を抜けて大きな通りを二つ越えしばらく道なりに進むと、海へ向かう一本道が見えてくる。
その一本道を上がったところで、江美と二匹は直美が追い付くのを待っていた。
「お姉ちゃん、この道をずっと行ったら港?」
小さな手で海を指差す。
「そう。そして、あっちに見えるのが鎮守府よ。近くには大きな軍艦が沢山停めてあって、偉い軍人さんがお仕事しとるんよ」
「あっ、お父さんの船もあるかな? 江美のお父さんも、かいぐんのお船にのってんねん」
「確か、江美ちゃんのお父さんは艦長さんじゃもんね? この一本道を真っ直ぐに進むと見えてくるのが呉鎮守府よ」
「お父さん、はよ帰ってこーへんかなぁ……」
鎮守府とは、帝國海軍が所轄海軍区の警備・管理を統括する為に設けた軍事機関である。
煉瓦色の西洋風建物の入口を抜け、コツコツと響く石階段を二階に登る。
その一番奥に作戦室と書かれた部屋が見える。
「バーーーーーーンッ!」
突然、机を叩く大きな音が響く。
窓から差す木漏れ日に、その机の埃が反射してキラキラと舞い上がる。
机を挟んだその向こう、作戦室の中央に口を一文字に硬く閉じ、鋭い眼光で一点を凝視するひとりの男が直立していた。
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