第6章 トラック諸島①

 グアム島の南東に位置する、幾つかの島々で形成されるトラック諸島。

 その入り組んだ地形に姿を隠すように、帝國海軍聯合艦隊が停泊していた。

 蒼い海原に数多くの巡洋艦や駆逐艦、そして滑走路には幾機もの航空機が列ぶ。

 艦首に金色の菊花紋章を掲げ、自らの存在を誇張するように並んで停泊する戦艦武蔵と榛名の姿もそこにあった。



 戦艦とは、軍艦の種類のひとつで巨大な艦砲と強固な装甲を備えた、最大クラスの艦を指す。

 武蔵は言うまでも無く帝國海軍屈指の大型戦艦であり、榛名も同じく戦艦で金剛型の三番艦と呼ばれる有力艦であった。

 余談であるが、この菊花紋章は軍艦には取付られているのだが、潜水艦は軍艦とみなされていない。

 その潜水艦の艦長が海軍作戦会議に少将という階級であれ出席する事は異例中の異例であり、疎ましく思う者もいるものの、彼の実力を擁護する者と上層部は二分していた。

 先の本土で行われた作戦会議に於いても、介すること無く真っ向から軍司令部の作戦を否定する辻岡に対する反感は相当なものであった。



「あーっ! あんな臭いのきつい、窮屈な所におったら滅入ってまうわ」

 長い航海を終え久しぶりに踏む大地の感触を確かめると、大きく両手を上げ深呼吸する辻岡たち。


 そんな彼らを出迎えたのは、日本とは比較にならない肌を照り付ける夏の陽射しと、制服を着たひとりの男だった。

「辻岡少将、三宅少将、長旅お疲れ様でした」

 軍靴を揃える音を鳴らして敬礼し、にこやかに微笑むのは前任である八木大佐からこの春に戦艦榛名の艦長を引き継いだ、中井徹大佐だ。


「おう、徹……おつかれさん」

「辻岡さん、ようこそ夏島へ。上陸は初めてですか?」

 中井と辻岡の関係は古く、階級称をつける事なく敬称だけで呼ぶ程の仲であった。

「おう、噂には聞いとったんやで? なかなかおもろい所あるらしいやんか。徹、早速案内せぇや?」

「いえいえ、全て軍の統制下に置かれてます。いつもみたいな無茶は出来ませんよ。それにしても辻岡さん、潜水艦での活躍凄いですね。こちらでは、若い兵隊はその話で持ちきりですよ」

「そやろ? スカートと海の中に潜るんは大得意やからな」

 少し照れながらも得意げに答えた。


「また、阿部さんにどやされますよ」

 と呆れ顔の三宅。

「本当に……昔はよくケンカしてましたもんね」

「徹、知っとるか? たくあん食べて牛乳飲んだらコーンスープになるっちゅう話や」

「は? どう言う意味ですか?」

 全く意味のわからない例え話に、流石の中井も困惑したが、少しの間を置いて三宅が助け舟を出す。

「おそらく……人間はそれぞれ違う、違って当たり前。しかし、違うもの同士が力を合わせたら全く別の素晴らしい物が出来上がる……って事じゃないかな」

「さすが、一郎。そういうこっちゃ」

「そう言えば、海軍のカタブツの少佐も、変な例え話をよく言っていましたね。足りないものは埋め合うのが、本当の仲間って事を言いたいのでしょうね」


 突然、辻岡が会話の色調を落として、港に停泊中の数多くの戦艦を指差すと中井に訪ねた。

「ところで、この艦隊はこの後どうするんや」


 その辻岡の差した先を、遠い目で見ながら答える。

「ここトラック諸島は南方最前線として重要な拠点です。数日前より補給物資を積んだ輸送船が到着するはずなのですが――」

 中井の曇った表情を察して、三宅がその先を推測した。

「着かない――」

 そう答えた三宅の表情は、いつにも増して深刻だった。


「今頃、敵に沈められて魚のエサにでもなっとるんちゃうか?」

 楽天的にモノを言う辻岡だったが、それとは正反対に三宅の険しい表情は変わらない。それも当然であろう。

 ここに停泊中の艦艇だけでも、燃料と乗組員の数は相当量である。その補給を絶たれると言う事は、燃料や弾薬は勿論の事、食料や水さえも不足し兵員全体の士気や生命にも影響する事態になりかねない。

 攻守の要であるトラックの島全体が、要塞として機能しなくなるのは帝國海軍に於いて致命的な死活問題であった。


「とりあえず今晩は遅いので、軍の施設内で簡単な小宴を用意してあります。『ゆずりは』へは明日以降ご案内させて頂きますが如何ですか?」

「そうか徹、よぉ気効くのぉ。ほな行くで、克平」

 そう言って日比野の肩を掴み、お互い顔を見合わせニヤリと笑うと、ふたりで建物の奥へと足取り軽やかに消えて行った。



 三宅は辻岡が去った事を確認すると表情を一切緩める事なく、その場に残った中井に問いかけた。

「中井君、どうやら状況は思っていた以上に深刻そうだね。その後だが、何かわかった事はあるかね?」


 三宅の留守を預かっていた中井は、謝意を込め一礼すると状況を話し始めた。

「はい。申し訳ありません、三宅少将。このままだと聯合艦隊まるまる足止めを食らってしまう事も危惧されます。一度や二度補給を絶たれたならまだしも、こう度重なると士気にも影響するでしょう。既に兵員の中には、現状を不安視する声もちらほら」

「うん、それは危険だね」

「それに最近、ここ夏島の施設内に於いて聞き捨てならない不審な動きを入手しまして。それについて詳しく調査させているところであります」

「不審な動き? 詳しく聞かせてもらえるかな?」


「はい」

 中井は半歩ほど詰め寄ると、三宅の耳に顔を近付けた――

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